如月千早
心臓が止まった様な気がした。
如月千早
数字を読み上げていく声は会場に響き渡り、複雑に反射し、単純に事実を伝える。
如月千早
数字が読まれるや否や大きな声で歓声をあげ、または泣き崩れ、喧騒は一層大きくなる。
如月千早
それでもなお数字を読む声は止まず、様々な感情の乗った声は海のように私を飲み込んでいった。
如月千早
その時私は何を考えていただろう。何も思っていないつもりではいたが。
如月千早
とうとう数字を読む声は止み、一拍の呼吸の後、これで以上だと告げる。
如月千早
喧騒の内、絶望の声が大きくなった気がする。そこに私はいない。
如月千早
また、喜びの声はそれより多く響いている。そこに私はいない。
如月千早
その声は最後まで私を呼ぶことは無く、これで終わりだと言う事実を、ただ告げていた。
如月千早
この瞬間の為の時間と、そしてこの瞬間の為の思いと、そして私が。
如月千早
これで終わりだと、ただ告げていた。
如月千早
今、私は誰にも見られていない。誰にも必要とされていない。
如月千早
そんな事は言うまでもないと。
如月千早
ただ、告げていた。
如月千早
呼ばれた彼女たちは先程からずっと照らされているステージにあがった。
如月千早
ある人は目を真っ赤に晴らし、ある人は会場の誰かに手を降って、
如月千早
全員が幸福を感じている様に見えた。
如月千早
その中に私はいない。
如月千早
彼女達が光の中で讃えられ、敬われているのを、照らされていない方からずっと見ていた。
如月千早
その時私はどう思っていたのだろう。悔しいはずは無いはずだ。ずっとそう思っていた。
如月千早
ただ、自分をどこかで特別視する様な、奥底に眠る深い自尊心は、あったかもしれない。
如月千早
それによって私はあそこに行けなかったのだろうか。彼女達と私はどこが違うのだろうか。
如月千早
ひとしきり輝いた彼女達が壇上を降りると、審査員が挨拶を始めた。
如月千早
全てが終わったこの時に、話を聞く人間はいるのだろうか。そんな事を考えていた。
黒井社長
「……そして、今回選ばれなかった諸君」
如月千早
不意に入った言葉に引き戻された。「選ばれなかった」と聞いて、少し頭が熱くなった気がした。
黒井社長
「こう言う言い方をしても無意味だとは思うが、気を落すべきではない」
如月千早
見られていない私への言葉を私は聞いてしまっていた。
黒井社長
「君たちが選ばれなかったのは他の者が選ばれたから、ただそれだけの事だ」
黒井社長
「無闇に励ますつもりは無いが、これの意味を履き違えてもらっては困るからな」
黒井社長
「選ばれた者は今回の趣旨に合っていたから選ばれた、ただそれだけの事だ」
黒井社長
「彼女らにおめでとうと言ったのは選ばれたからではなく、報われたからだ」
黒井社長
「だから報われなかった君たちが悔しがるのは道理だ、だがそれだけだ」
黒井社長
「君たちは君たちに出来る事をした、それは選ばれた彼女らに出来なかった事かもしれない」
黒井社長
「だから言っておく、君たちは敗者ではない。ただ選ばれなかっただけだ。ただそれだけだ」
如月千早
確かに選ばれなかった私へ向けられたそれは、私を何も変えなかった。
如月千早
私は既に、そういう場所にいなかった。そんな気がした。
黒井社長
「もし、この場に敗者がいるとすれば……」
黒井社長
「出来る事をしなかった者だ。選ばれたかどうかに関わらず」
如月千早
私は……
如月千早
私は、自分が敗けたかどうかすら分からない。きっと今は、そういう場所にいなかった。
如月千早
私は足りなかったのだろうか。他に何か出来たのだろうか。
如月千早
彼女達のように、選ばれる努力をしていなかったのだろうか。
如月千早
そんな事を考えいたかもしれないが、そこから何も進まなかった。そういう場所だ。
黒井社長
「まあ、今の君たちに言う必要はなかったかもしれないがな」
黒井社長
「私はこれで失礼させてもらうが、最後に一つ」
如月千早
いつからか、辺りは静まり返り、ただ重い空気に支配されていた。
黒井社長
「今ここにいる君たちの気持ちは、選ばれた者にはわからんさ」
黒井社長
「それではさらばだ、
黒井社長
「それではさらばだ、また歌え」
(台詞数: 50)