女子、三日会わざれば30『棄権』
BGM
Snow White
脚本家
遠江守(えんしゅう)P
投稿日時
2016-10-18 01:14:25

脚本家コメント
次回、桃子ステージに立つ。

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如月千早
「『Snow White』でした。ありがとうございました。」
如月千早
私は、歌を終えて観客席に一礼した。
如月千早
大きなライブの時に使われる劇場の大ホールも、今は満員の観客で埋まっている。
如月千早
桃子には失礼かもしれないけど、大番狂わせの連続が、観客の期待を膨らませていた。
如月千早
年少組の桃子がここまでできるのならば、他のメンバーだって見てみたい。
如月千早
そんな風に、次回を熱望する声が、大会が終わる前から高まっていると聞いた。
如月千早
観客の拍手と歓声が収まるのを待ちながら、思う。
如月千早
桃子が私に託した封筒など、断れば良かった、と。
如月千早
実際、桃子の目の前で中身を検めたとき、一度は断ろうとした。
如月千早
とても、正気の沙汰とは思えなかったから。
如月千早
しかし、桃子が言った一言が、私を押し留めていた。
如月千早
『千早さんは、見てみたくない?』
如月千早
…何を?
如月千早
決まっている。美希に勝つところを。
如月千早
それは、アイドルとして立つものならば、見ないという選択肢はないに決まっている。
如月千早
はたして桃子にそれができるのかしら、ともう一度自問した。
如月千早
いつもは、幼い体にあれこれを背負い込んで、重さに圧し潰されそうな危うさすらある子だった。
如月千早
それが、今はあんなにも軽やかに。それなのに浮つきがなく、言葉に力を感じるようになって。
如月千早
ふう、と息を大きく吐いて、覚悟を決めた。
如月千早
…信じるわよ、桃子。
如月千早
マイクに向けて、声を絞り出す。
如月千早
「みなさん。これから決勝戦に挑む周防桃子より、メッセージを預かっています。」
如月千早
なんだろう、と静まり返る観客席。
如月千早
そこへ私は、最大級の爆弾を投下した。
如月千早
「周防桃子は…決勝戦を棄権します!」
如月千早
沈黙。戸惑い。そして…。
如月千早
「…ですが!ですが、代わりにみなさんに披露したい一曲があるとのことです!」
如月千早
観客の感情が激発する前に、かろうじて言葉をかぶせることができた。
如月千早
わずかでもタイミングが遅れれば、観客席は混乱の坩堝となっていたかもしれない。
如月千早
ほっと、胸を撫でおろし。そして、桃子が控えているはずの舞台袖を見て。
如月千早
その瞬間、私はすべてを理解した。
如月千早
なんて…なんてことを考える子なの!?
如月千早
その一手のためだけに、ここまで積み上げてきたすべてを捨てて…。
如月千早
…軽いはずよね。これまで自分を縛ってきたものを、ことごとく切り離したのだから。
如月千早
軽やかなのに、一歩一歩に圧すら感じさせながら、桃子が近づいてくる。
如月千早
これは…入っているわね。おそらく、私よりも深く。
如月千早
私の言っていた『境地』とは、いわゆるコンセントレーションの類に過ぎない。
如月千早
桃子がその入り口にいると言ったけど、これはとてもそのレベルでは語れないくらいの…。
如月千早
…四条さんも春香も、桃子可愛さで目が曇っていたのね。
如月千早
真価を発揮したあの子は、ただの11歳の女の子ではない。
如月千早
舞台の上で言うならば、私たちの誰よりも長くそこに立ち続けてきて。
如月千早
そして、天才の名をほしいままにした、芸能の申し子。
如月千早
型に嵌めるとかコントロールするとか、誰ができるというのだろう?
如月千早
そして、美希。
如月千早
見てるのかしら?きっと、見てるわよね。
如月千早
あなた…これは、危ういわよ。
如月千早
その一点を見つめ続ける私の姿に、いつしか観客も声を無くし。
如月千早
役目を終えたと知った私は、まるで黒子のように、静かに舞台袖へと退いた。
如月千早
今、このステージを支配できるのはただ一人。
如月千早
その主、周防桃子がステージの中心に立った。

(台詞数: 50)