箱崎星梨花
「千鶴さん、千鶴さん、」
二階堂千鶴
「……………。」
箱崎星梨花
「千鶴さん、待ってください!」
二階堂千鶴
「……星梨花さん、どうなさいました?」
箱崎星梨花
「……歩くの、早いです。」
二階堂千鶴
「……ああ、失礼しましたわ。………。」
箱崎星梨花
「………。」
箱崎星梨花
先刻、望月さんからの電話を受けてから、叔母の様子は、明らかにおかしかった。
箱崎星梨花
お使い先で、叔母宛の何かを受け取った旨の事を、話している様子たったが、
箱崎星梨花
電話の後の叔母は、心此処に在らずという様子で、
箱崎星梨花
まるで急かされる様に、無言で、早足で歩いた。
箱崎星梨花
最初は黙って、愛犬の綱を牽きながら付き従ったが、
箱崎星梨花
遂には走らなければ離されてしまいそうになり、堪らず声をかけた。
箱崎星梨花
生返事を返した叔母は、歩を緩めてくれたが、
箱崎星梨花
すると今度は、力が抜けた様に、とぼとぼと、歩くのだった。
箱崎星梨花
喧しく警報の鳴り響く踏切の前で、私達は、並んで立ち止まった。
箱崎星梨花
警笛を鳴らし、轟音をたて、都心方面からの電車が、眼前を通過する。
二階堂千鶴
吹き抜けるる風に、叔母の長い髪が巻き上げられ、夕陽に透けて、キラキラと輝く。
二階堂千鶴
電車が通り過ぎ、喧しい警報が止み、周りの人達が動き出しても、
箱崎星梨花
叔母は、まるで蛹の脱け殻の様に、静止したまま、動かなかった。
箱崎星梨花
「……千鶴さん、渡らないんですか?」
二階堂千鶴
「……ええ、参りましょうか。」
箱崎星梨花
叔母は気の無い返事を返し、再びとぼとぼと、歩き始めた。
箱崎星梨花
商店街の横道を抜けて、川辺の土手道に上がると、
箱崎星梨花
風が通り抜け、昼の暑さの名残を、川面に運び去っていく。
二階堂千鶴
叔母の端正な顔に、風に乱された髪が纏り付いたが、彼女は気に留めず、
箱崎星梨花
緩い歩調で、歩き続けた。
箱崎星梨花
愛犬が、怪訝そうに、私を見上げていた。
箱崎星梨花
私はしゃがんで、愛犬の首を撫でてやった。
二階堂千鶴
常に凛とした、美しい叔母は、ずっと私の憧れだった。
箱崎星梨花
私も大人になったら、彼女の様になれるだろうかと、幼少の頃から、夢見ていた。
箱崎星梨花
……ただ年を重ねれば、彼女の様になれるのだろうか。
二階堂千鶴
私の知らぬ過去を経て、彼女は今、私の前を歩いている。
箱崎星梨花
薄れがかる、かつての青空が、夕闇に変わる。
箱崎星梨花
私の影を踏んで、先へと進む、
箱崎星梨花
かつての花の色。
(台詞数: 36)