如月千早
月明かりの穏やかな海に、様々な色の火が浮かぶ。
如月千早
正確には火を乗せた紙の小舟。
如月千早
火の郡れの先には、半分程の高さまで海水に浸かった大鳥居が見える。
如月千早
満月の夜、大鳥居の周辺から私の居る社まで潮が満ち、海への航路が現れる。
如月千早
舟は、一様に大鳥居を目指す。
如月千早
あれは門なのだ。
如月千早
今私の周囲には様々な人が居る。
如月千早
ある人は涙し、ある人は呆然と海を眺め、またある人は手を祈りの形に変え黙している。
如月千早
小舟が乗せる火は、死者の魂を模している。
如月千早
つまり、この催事とはそういうものだ。
如月千早
私の手の中にも小舟がある。
如月千早
酷く拙い、青色の小舟。
如月千早
私はそれを海へ帰そうとした。
如月千早
帰そうとしたが、幾度となく波に押し返されてしまった。
如月千早
他の火と交われない様を見る度に心が痛んだ。
如月千早
行きたくない。
如月千早
一緒に帰りたい。
如月千早
そう嘆いているようにも見えて。
如月千早
悲しみはとうの昔に越えた。
如月千早
しかし、永劫忘れることはない。
如月千早
私のこれは、一生消えない刻印のようなもの。
如月千早
故に寂滅為楽の夢物語など存在し得ない。
如月千早
たとえこの催事が形式的な物であったとしても、過去を過去だと遣り過ごす気もない。
如月千早
これが姉として負った罪であり、責務なのだ。
如月千早
自意識過剰、若しくは使命感という名の自己満足に自惚れていると捉えてもいい。
如月千早
それでいいのだ。
如月千早
来年も再来年も、また私は同じ事を考えるだろう。
如月千早
同じことを考え、今日と同じ悲しみに暮れるだろう。
如月千早
その連続が、私を、私の罪を認識する術になる。
如月千早
さて、明日はどう生きよう。
如月千早
明日には、今日の如月千早を切り取らねばならない。
如月千早
そうだ。明日は今日の倍、笑ってみせよう。
如月千早
誓い、自己完結の盟約を交わして──。
如月千早
靴を脱いで、裸足になり、暗い海へと歩みを進めた。
如月千早
波が立たぬように、静かにそっと、舟を海へと置いた。
如月千早
いってらっしゃい。
如月千早
また、おかえりを言えるように待ってるわ。
如月千早
青の舟は旅立っていった。
如月千早
夜に近い深青、そこに映る月のように火を揺らしながら。
如月千早
大丈夫。
如月千早
また、この海が流し去ってくれる。
如月千早
この涙も、この心も、この想いも。
如月千早
この後悔も……。
(台詞数: 43)