如月千早
この街には、悪い噂があった。
如月千早
噂と言うほど誰も口に出す人はおらず、
如月千早
口に出すまでもなく、この街に昔から染み込んでいた。そんな噂だった。
如月千早
それが特別だと知ったのは、最近の事だった。
如月千早
いつもなら信じないこんな話に、今日だけは縋ってしまいたかった。
如月千早
誰にでも、人生に一度はあってもいい、そう思った途端それを見た。
如月千早
見た事も無い歪な蝶、決してどこにも止まらず、決して足下より上を飛ばない。
如月千早
人を誘うように歪に飛ぶそれに、私は着いて行ってしまった。
如月千早
目を凝らさねければ塵と間違えそうなそれを追っていくうち、次第に光が届かなくなる。
如月千早
足下さえわからないほどの暗闇で、足下のそれは良く見えた。
如月千早
再び明るいところに出ると、その不思議昆虫は消えていた。その代わりかは判らないが。
北上麗花
え、人?うわ〜人だ〜!あの伝説の人〜!!
如月千早
不思議な人が現れた。
北上麗花
こんにちは、どこから来たの?
如月千早
いきなり落ち着いたその人が、怪異的な物かどうかは分からなかった。
北上麗花
ごめんなさい、さっきはテンション間違えちゃった。実はここでも人は珍しくないの。
如月千早
ここ、と言う言い方から、私が住んでいる所とは違うような気がした。
北上麗花
外出したら時々見るのよ〜人。
北上麗花
この前も10連外出6回目で出たしね。全然珍しくないわ。
如月千早
率直に、ここが何処か聞いてみる事にした。
北上麗花
グアテマラ。
如月千早
絶対嘘だった。
北上麗花
どこだって同じよ?昼の次に夜が来るし、生まれたり死んじゃったりするし。
北上麗花
それで、私からもひとつ聞きたいんだけど……
北上麗花
ここへは、何経由で来たの?わざと?それとも来るつもり無かった?
如月千早
少し引っかかる質問だったが、嘘をつく理由が無かったので、正直に噂の事を話した。
北上麗花
一定確率でエンカウントする蝶に着いて行ったら異世界に取り込まれる?そんな事あるのかしら。
北上麗花
かくいう私はここにずっと居るけど、そんな虫さん見た事も聞いたことも食べたことも……
北上麗花
あ!それってもしかしてそこに飛んでるの?あれはね。
北上麗花
私は麗花って言うの。あなたは?
如月千早
異様な場所では登場人物も異様な会話をするみたいだ。
北上麗花
よろしく千早ちゃん!
北上麗花
あれは蝶じゃなくて、蝶っぽい蛾なのよね。
北上麗花
でも、蝶に憧れてるからいつも蝶のフリしてるのよ。でもほら、止まったらバレちゃうから……
北上麗花
あ、そんな事より。千早ちゃん、帰る?残る?
如月千早
……私は、ここに来るためにここに来たのだ。変わりは無い。
北上麗花
あ、オススメは帰宅かな。理由聞く?
北上麗花
千早ちゃんを連れてきたこの虫さんね。よく嘘つきさんだと思われるんだけど、
北上麗花
あ、何で嘘つきかと思われるかと言うと、この子に着いて行っても絶対そこには着けないから。
北上麗花
ただ、この子は皆を騙して迷わせてるんじゃなくて、この子がそう言う風に生まれてきたからなの。
北上麗花
偽物の答えを出してるんじゃなくて、最初から偽物だったのよ。
如月千早
最初から偽物。そのセリフは、今聞くと応えるものがあった。
北上麗花
だから、この子は本物になろうとして案内するんだけど、結局人を迷わせてしまう。
北上麗花
そんなわけで、ここは絶対千早ちゃんが来たかった所じゃないわ。
北上麗花
だから、早めに帰った方が良いと思うな。そろそろ暗くなるし……
北上麗花
あ、暗くなるって比喩じゃなくて、本当に暗くなるからね。
如月千早
……私が確信できることは。
如月千早
私が今、不思議に足を踏み入れている事。
如月千早
邪気無く微笑むその世界の住人の足下を、
如月千早
決して真実に辿り着けない偽物の蝶が、歪に飛び回っていた。
(台詞数: 50)