如月千早
誕生日の朝、私は家族へと挨拶をする為に、とある墓地を訪れていた。
如月千早
「優、おねえちゃんよ」
如月千早
人気のない平日の朝。声だけが静かに揺れる。
如月千早
「優」
如月千早
呼びかけるその名にはもう、心の痛みは感じない。
如月千早
以前は墓前でしていた"報告"も、今ではちゃんとした"お話"に変わっている。
如月千早
歌の事。
如月千早
仕事の事。
如月千早
プロデューサーの事。
如月千早
それに、友人の事。
如月千早
時間を忘れて語り続けた。
如月千早
途中、ふと横に置いてあった荷物の存在を思い出す。
如月千早
「……そうだ。優はこれ、覚えてるかしら」
如月千早
そう言ってバッグから取り出したのは、一冊のお絵かき帳。
如月千早
霞れた表紙には「きさらぎ ゆう」と書かれている。
如月千早
パラパラ捲ると、懐かしい絵が目に飛び込んでくる。
如月千早
大きな太陽、雲のない空。
如月千早
色とりどりの花。
如月千早
楽しそうな姉弟。
如月千早
全てあの日まで、当たり前のように在った日常。
如月千早
一つ、また一つ、ページを捲る度に蘇る素晴らしき日々。
如月千早
「これ……」
如月千早
手を止めたのは最後の数ページ。
如月千早
今まで真白だった場所だ。
如月千早
だが今は――確かにそこに在る。
如月千早
隅々までクレヨンで描かれた、みんなの似顔絵。
如月千早
そして、中央で楽しそうに歌う……私と優の姿が。
如月千早
「みんな……」
如月千早
空を見上げた。
如月千早
別に空が恋しかった訳じゃない。
如月千早
ただ少し、上を向く必要があっただけだ。
如月千早
「優、おねえちゃんは……」
如月千早
「おねえちゃんは今……幸せだよ」
如月千早
言葉と共に、滲んでいく蒼を拭った。
(台詞数: 34)