望月杏奈
こちらを見上げる顔にちらりと牙が覗く。
望月杏奈
先ほどからにゃーにゃーと何かを訴えているのだが、さっぱり分からない。
望月杏奈
誘うように揺れる尻尾。
望月杏奈
この猫はいったい誰だろう。
望月杏奈
事の発端はスマホアプリだった。
望月杏奈
巷で大人気の「あつめられ猫」は、当然のごとくうちの事務所でも流行った。
望月杏奈
プレイヤーは猫になりきって、あの手この手で誘惑してくる人間たちと接触する。
望月杏奈
好みの人家を巡回しながら関係を育むのが普通だけど、遊び方はひとつじゃない。
望月杏奈
たとえば朋花さんは住処で人間をコレクションしていた。
望月杏奈
亜美ちゃんはあまりに粗相を働いたために保健所に連れて行かれた。
望月杏奈
みんな熱中しちゃって、昼も夜も猫になりきってた。
望月杏奈
夢の中でも猫になってお散歩して、だんだんどっちが現実か分からなくなった。
望月杏奈
そして気付いたらみんな猫になってた。杏奈以外。
望月杏奈
ぽかぽかお陽様を溜め込んだ体毛。
望月杏奈
いま目の前にいるこの猫もきっと事務所の誰かだと思う。
望月杏奈
でもみんな一斉に猫になっちゃったから、杏奈にはどれが誰か分からない。
望月杏奈
諦めたのかそれとも飽きたのか、猫は毛づくろいを始めた。
望月杏奈
このマイペースさは麗花さんか美也さんっぽいけど、どうだろう。
望月杏奈
なにせ猫。みんなこんな調子なのだ。
望月杏奈
ついに寝転んでしまった猫を前に、ぴんと閃く。
望月杏奈
そうだ、こんな時のためのスマホだった。
望月杏奈
杏奈がいま起動したこのアプリはとても画期的だ。
望月杏奈
猫の肉声をフーリエ変換によって数値化し、古代より猫好きとされるエジプトの大使館に転送。
望月杏奈
それを事務員さんがGoogle翻訳にかける。
望月杏奈
残念ながらAndroid版はリリースされてないけど、杏奈はそれを使える。
望月杏奈
そう、iPhoneならね。
望月杏奈
などと考えている間に翻訳結果が表示された。
望月杏奈
《アンナ、随分デカくなったな》
望月杏奈
そういえば聞いた事がある。
望月杏奈
猫は人間のことを「大きくて二足歩行の猫」だと思ってるって。
望月杏奈
どうやら自分が縮んだという発想はないらしい。
望月杏奈
それとこの喋り方……ジュリアさん、かな?
望月杏奈
さすがiPhone。なんで呼び方まで訳せるのかは分からないけど。
望月杏奈
「ねえ、ジュリアさん」
望月杏奈
《あ、何だって? もっとはっきり喋ってくれ》
望月杏奈
そうか、通じないんだった。ええと、こんな時は。
望月杏奈
《そうだ、スマホを使えば》
望月杏奈
やにわに取り出したスマホのアプリを起動する猫ジュリアさん。
望月杏奈
「どこから持ってきたんだろう?」
望月杏奈
泥だらけのディスプレイに表示された文字(?)列は、杏奈には理解できない。
望月杏奈
それを一瞥した猫ジュリアさんがひと鳴き。
望月杏奈
《どこって、決まってるだろ》
望月杏奈
《アップルストアさ》
望月杏奈
iPhoneってほんとすごい。
(台詞数: 44)