望月杏奈
道のすぐ外の川は、いつもと変わらぬ潮の香りを孕んで、緩やかに流れる。
望月杏奈
朝の底冷えする空気と入れ替わり、陽射しの温もりが肌に届く時間になっても
望月杏奈
風はやはり肌に冷たく、冬の訪れを知らされる。
望月杏奈
朝のラッシュアワーを過ぎて、人通りも車道の車も、落ち着きを取り戻す時間。
望月杏奈
いつもなら教室で、整然と並んだ席に座り、じっと身を竦めている筈の時間。
望月杏奈
……街がこんな顔をしている事に、初めて気付いた。
望月杏奈
「………どうしよ………、学校、サボっちゃった……。」
望月杏奈
母に知られたら、事務所を辞めさせられるかもしれない。
望月杏奈
今から行けば……、遅刻で済めば、赦される……。
望月杏奈
……………。
望月杏奈
道端にしゃがみ込んで、柵を掴み、川面を覗き込む。
望月杏奈
上げ潮で遡る小さな波の上を、渡り遅れた蜻蛉が、すいと滑る。
望月杏奈
………千鶴さんが教えてくれた、オーナーさんの言葉、
望月杏奈
【始めて半年にしては上出来。今後も研鑽惜しまねば……】
望月杏奈
けど……………、
望月杏奈
《ベースが遅れるとか、何のギャグ?》
望月杏奈
《碌に弦も押さえられない奴が、アンプに音を通すなw》
望月杏奈
……観客全員に、
望月杏奈
自分は初心者なので、ミスしても大目に見てね☆
望月杏奈
………とか言えば良かったかな………。
望月杏奈
………んなアホな。
望月杏奈
ジュリアさんと亜利沙さんは、しっかりと評価されてた。
望月杏奈
千早さんに至っては、天才出現と大騒ぎだ。
望月杏奈
「……当然だよ。皆、ずっと前から、一生懸命練習してたんだから。」
望月杏奈
ずっと、独りで、黙々と。
望月杏奈
好きの一念だけで、延々と、孤独に苛まれながら……。
望月杏奈
「……杏奈は、ゲームばっかしてたな………」
望月杏奈
「……もっと早くから、ベース、始めてたらな………」
望月杏奈
「……でも杏奈、根性無いから、独りじゃ絶対続かなかったろうな……」
望月杏奈
「…………杏奈、お荷物……、だね……………。」
望月杏奈
ぱ た 、 ぱ た 、
望月杏奈
足元に、一粒、
望月杏奈
足元に、一粒、二粒、
望月杏奈
足元に、一粒、二粒、水滴の跡。
望月杏奈
ぱ た 、 ぱ た 、 ぱ た 、
望月杏奈
止めどなく、
望月杏奈
止めどなく、流れ落ちる。
望月杏奈
【美しい物を持っているのなら、天国への階段だって買える】
望月杏奈
不意に背後から掛けられた声に、一瞬背筋が硬直する。
望月杏奈
しかしおぼろげに聞き覚えのあったその声に、
望月杏奈
ゆっくりと振り返り、
望月杏奈
影を、見上げた。
望月杏奈
【……君のその涙に、偽り無き黄金の価値が有るのなら】
望月杏奈
【君の願いは、きっと叶う】
望月杏奈
「………本当、です……か……?」
(台詞数: 45)