私が本を捨てるとき、
BGM
地球儀にない国
脚本家
nmcA
投稿日時
2017-09-03 00:16:43

脚本家コメント
百合子と本とアイドルと。
私事ですが、3つ前の真誕生日ドラマで300作品目でした。
200作品目も百合子でしたので、300作品目も百合子にお願いしました。400作品目はどうなるでしょうね。
投稿ペースは落ちていますが、より面白いお話を紡げるよう精進します。

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七尾百合子
手の中のレモンティーに小さな波が広がった。
七尾百合子
プロデューサーさんは気にするなと言ってくれた。
七尾百合子
先生も決して怒ってはいなかったと思う。
七尾百合子
でも……
七尾百合子
もう一度ため息を吐く。今度は大きな波が広がった。
七尾百合子
文壇の大先生との対談。このお仕事が決まってから、先生と何を話せばいいか一生懸命考えていた。
七尾百合子
今の文壇について、好きな作家について、おすすめの本について、エトセトラ、エトセトラ。
七尾百合子
杏奈ちゃんにひかれるぐらいびっしりとメモを作って臨んだ。それなのに……。
七尾百合子
「どーお、七尾ちゃん?リラックスできた?」
七尾百合子
缶コーヒー片手に聞いてきたのは月刊読書のライターのお姉さん。私はあいまいに笑ってごまかす。
七尾百合子
「まぁ、そうだよねー。大先生からの質問の答えを考えるのにリラックスなんてできないよねー」
七尾百合子
他人事のように笑うお姉さんに少し苛立ちを覚えつつ、私は先ほどの対談を思い返す。
七尾百合子
『七尾さんはいつ本を捨てるんだい?』
七尾百合子
私が"アイドルと作家の共通点"について話した後、先生はこう切り出した。
七尾百合子
私の中の時計が一瞬針を止めた。すぐに我に返って返答しようと口を開いたが声が付いてこない。
七尾百合子
結局、何も答えられない私を見かねた先生が休憩を申し入れて今に至るわけだが……。
七尾百合子
「普通に考えれば読み終えた時だよねー。いつまでも置いていても邪魔だし」
七尾百合子
そうでしょ?と言わんばかりの目でこちらを見てきたが、私は首を振って否定する。
七尾百合子
「七尾ちゃんは本好きだもんね。それに、先生もそういう意味で言ったんじゃないだろうし」
七尾百合子
お姉さんが背もたれに寄りかかると椅子からキシリと音が鳴った。
七尾百合子
先生はきっと、アイドル七尾百合子から"本"という要素をいつ無くすのかと言いたいのだろう。
七尾百合子
確かに私のアイドル活動の軸には本がある。だからこそ、この対談がある。
七尾百合子
先生もそれを良しとしていると思っていたが、ああいう質問をするということは……。
七尾百合子
「別に先生は七尾ちゃんのアイドル活動を否定したい訳じゃないさ。ただ気になるだけ」
七尾百合子
心を読まれて驚く私の顔をみて、お姉さんはにっこり笑った。
七尾百合子
「読書って地味な趣味だよね。一人で黙々と、何か話すわけでも体を動かすわけでもない」
七尾百合子
「それに比べてアイドルは華やかだ。歌って、踊って、輝いて……眩しいよね」
七尾百合子
「だからかな、読書好きでデビューしたのに、いつの間にか読書好きか怪しくなる子もいて……」
七尾百合子
もしかして先生は、私がそうなる前に早く本を捨てろということを……?
七尾百合子
「バカなこと考えてるでしょ?もっと自分に自信を持ちな」
七尾百合子
お姉さんは天井を見上げながら右手の人差し指をくるくる回している。
七尾百合子
「私が思うに七尾ちゃんは最高の読書アイドルだ。読書抜きには語れないぐらいね。だいたい……」
七尾百合子
お姉さんの指が私をぴしゃりと差す。
七尾百合子
「七尾ちゃん、アンタから本をとったらどうなるのさ」
七尾百合子
私から……本を……。
七尾百合子
私はじっと自分の指先を見た。今まで多くの本を支え、めくってきた指だ。
七尾百合子
太宰、ダール、ドイル。私の心を作ってきた本たち。それを失くしたら……。
七尾百合子
「……対談の続き、やれそうだね。先生に声をかけてくるよ」
七尾百合子
缶コーヒーをぐいっと飲み干してお姉さんはドアへと向かう。
七尾百合子
私はその背中にありがとうございましたと声を投げ、長いお辞儀をした。
七尾百合子
さて……、何と答えようか。まっすぐな言葉もいいけど、読書アイドルとしての意地も見せたい。
七尾百合子
色々考えながら冷たくなった紙コップに口を付けた時、レモンの香りがふわりと広がった。
七尾百合子
そうだ……。この答えなら……!
七尾百合子
『……それじゃあ、聞かせてもらえるかな』
七尾百合子
対談が再開され、先生は手を組んで私の目を見た。
七尾百合子
視界の端に見えるプロデューサーは不安そうな目で私を見ている。
七尾百合子
お姉さんは先ほどまでと打って変わって真剣な目で私を見つめる。
七尾百合子
私は息を小さく吸って、胸一杯に匂やかな空気を送り、にこりと笑った。
七尾百合子
私が本を捨てるとき、
七尾百合子
それは桜の木の下で永遠に来ない春を待って眠るときだ。

(台詞数: 50)