七尾百合子
それはどこの誰にでも訪れる、なんてことないお話でした。
七尾百合子
「とうとう当日だなあ、二人はどこなんだろう」
七尾百合子
「あれ、何かあっちの方が騒がしいな。なんだろう」
七尾百合子
野次馬の群れを掻き分けて進むと、騒ぎの中心は私の探していた相手でした。
永吉昴
「なんだなんだ運営の人! オレたちのロボットのどこが規格違反だって言うんだ!?」
七尾百合子
どうやら、ロボットがルールに則った企画であるかのチェックに引っかかっているようです。
永吉昴
「大きさや部品は全部ルールブックの範囲におさまってるはずだぜ?」
七尾百合子
少し苛々している昴さんに、大会委員会の方は困ったように答えました。
七尾百合子
「そう言われましても、それ以前の問題というか……」
永吉昴
「……なら、このロボットが正真正銘ちゃんとしたロボットである事を自身で説明させよう」
七尾百合子
自信満々に昴さんがロボットに視線を送りました。なんたって私たち自慢のロボットです。
七尾百合子
その視線を確認するとロボットはゆっくりと、自ら説明を始めました。
ジュリア
……
ジュリア
「あたしは、幼い頃からロボットとして育てられた」
ジュリア
「識別名はJulia、本当の名は知らない。生みの親には捨てられたからな」
ジュリア
「私を拾ってくれた組織は、教会でも病院でもなかった。私みたいなのを『造る』所だった」
ジュリア
「まだ何も分からない小さな頃から、血を吐くような『教育』を受けたよ。毎日毎日な」
ジュリア
「反抗しなかったのか、だって? そんな事、思いつきもしなかったよ」
ジュリア
「何故ならあそこはあたしにとって全ての指標であり、唯一の正解だったから。勿論今もな」
ジュリア
「分かったならそこを通してくれ。あたしはそこに用がある」
七尾百合子
一瞬の静寂。
七尾百合子
ロボットの話を最後まで静かに聞いていた委員会の人は、信じられないと言った表情で、
七尾百合子
「そんなことは認められません。それはロボットとは言えません」
ジュリア
「話し合いじゃ無理……か。手荒な真似はしたくなかったが、しょうがない」
七尾百合子
じりじりと距離を詰めるロボットに、怯えた様子で取り押さえるように叫びました。
ジュリア
「やはり、こうなるんだな」
七尾百合子
四方八方から襲いかかる警備員。私達のロボットも、これには分が悪いようです。
ジュリア
「くそ……っ! いくらなんでも数が多すぎる! これまでか!?」
七尾百合子
警備員が繰り出す必殺の一撃、もしまともに受ければロボットもただではすみません。
七尾百合子
その時。
ジュリア
「! 当たってない……。っておい! お前なんで!?」
永吉昴
「なんでって……守るのは当たり前だろ。ジュリアはオレの……」
ジュリア
「ロボットだ! 道具なんだ! お前を守るためにいるんだよ! それをなんで……チクショウ!」
永吉昴
「大切だから。オレだって、ジュリアのこと……」
ジュリア
「!!」
永吉昴
「だからそんな、自分の事、道具とか言うなよ。寂しいだろ」
永吉昴
「なあに、オレの事は心配すんな。大した傷じゃない。ちょっと怒鳴られただけだ」
ジュリア
「……初めてだ」
ジュリア
「初めてだよ。あたしがこんなバカの変な任務を受けるのも」
ジュリア
「そのバカのせいでかここまで手こずるのも……」
ジュリア
「そのバカに、こんな気持ちを抱いたのも」
永吉昴
「……ジュリア?」
ジュリア
「昴、あんたは絶対死なせない。あたしの、かあたしの命の証だから。あたしがあたしでいられる」
ジュリア
「あたしの、生きる意味だから」
七尾百合子
それまでしばらく黙っていた委員会の人が、ようやく口を開きました。
七尾百合子
「やはり、あなたを出場者として認めるわけにはいきません」
ジュリア
「……」
七尾百合子
「何故ならあなたは、人を慮り、慈しみ、愛する事ができる」
七尾百合子
「人間だ。ロボットではない」
七尾百合子
そうして私たちは普通に追い出された後、観客として再入場し大会を楽しみました。終わり。
(台詞数: 50)