馬場このみ
「どうかしら?」
高山紗代子
資料室の空気が固まる。紗代子ちゃんも百合子ちゃんも口をあんぐりと開けたままだ。
七尾百合子
後ろの亜利沙ちゃんが心配そうに2人を見つめるなか、沈黙を破ったのは紗代子ちゃんだった。
高山紗代子
「どうって……無謀です!私たちが流行をつくるなんて!」
七尾百合子
「そ、そうですよ!今までだってアピールしてきたんですよ!見向きもされないに決まってます!」
馬場このみ
「そうかしら?2人の実力なら問題ないと思うけど?実際に大成功したこともあったんでしょ?」
高山紗代子
「それは、新曲の発表があったからで……。結局、それ以降も流行には乗れませんでしたし……」
高山紗代子
「私たちが流行を作るのなら、その時がチャンスだったんじゃないでしょうか?」
馬場このみ
「いい分析ね。でも、ちょっと違うと思うわ。亜利沙ちゃん、お願い」
馬場このみ
亜利沙ちゃんがスイッチを押すと大きなモニターが目の前に現れ、グラフが映し出された。
馬場このみ
「ここ5年間の流行の変遷よ。スパンは大体半年から1年。今の流行が始まったのがここで……」
馬場このみ
9か月前の日付にマーカーが置かれ、そしてその3か月後に新たなマーカーが置かれる。
馬場このみ
「大成功したライブがここ。言いたいことは分かるかしら?」
七尾百合子
「……タイミングが悪かった、ってことですか?」
馬場このみ
「そのとおり!ブームが沈静化しそうな今の時期に同じようなことをやれば、私たちの天下よ!」
高山紗代子
「ま、待ってください!じゃあ、今から新曲を作るんですか!?そんな時間ありませんよ!?」
馬場このみ
「そうね。逆立ちしたって新曲なんか降りてこないでしょうね」
馬場このみ
「でもね、あのライブが成功したのは"新曲"を発表したからだけじゃないでしょ?」
馬場このみ
亜利沙ちゃんに目配せして、モニターの画面を変えてもらう。
馬場このみ
「フェスで使用できる楽曲は3つ。2人には残りの時間、この2曲を重点的に練習してもらうわ」
七尾百合子
「『私はアイドル♡』と『Here we go!!』!?」
馬場このみ
「そう!要はお客さんが聞いたことがなければいいのよ。新曲である必要性はないわ」
馬場このみ
「フェスにくるお客さんは若い人が多い。春香ちゃん達だけだった頃の曲は知らないと思うの」
高山紗代子
「それにしても楽曲が可愛すぎるような……」
馬場このみ
「もちろんギャップも狙うわ。今の2人が絶対に歌わなさそうな曲だもの」
馬場このみ
「『スピカ』はおとめ座の星でしょ?可愛い曲はピッタリじゃない!」
馬場このみ
「フェスではこの2曲で場を支配して、その後にスピカの代表曲を流すつもり。どう?」
馬場このみ
2人の反応を待つ。亜利沙ちゃんの息を飲む音が聞こえそうなぐらいの沈黙。
七尾百合子
「……やってみましょうよ、紗代子さん!」
馬場このみ
その沈黙を破ったのは百合子ちゃんだった。
七尾百合子
「プロデューサーが考えてくれた案なんです。きっと勝算もあるはずです!」
馬場このみ
百合子ちゃんの視線に私は大きく頷き、じっと目をつぶる紗代子ちゃんを見た。
高山紗代子
「……プロデューサー、『スピカ』の語源ってご存知ですか?」
馬場このみ
私は小さく首を振る。
高山紗代子
「『スピカ』とはギリシャ語で『穂先』を意味する単語に由来しています」
高山紗代子
「そして、その語源をさらにさかのぼると『尖ったもの』に行きつくんです」
高山紗代子
「私と百合子のユニット『スピカ』は尖っています。ボーカルと、ビジュアルに。ならば……」
馬場このみ
紗代子ちゃんは顔を上げてかっと目を見開いた。
高山紗代子
「ダンスを加えて丸くなるより、この時代にスピカというとがったユニットを突き刺しましょう!」
高山紗代子
「やるよ、百合子!」
七尾百合子
「はい!プロデューサー、フェスまでの残りの時間、レッスンをお願いします!」
馬場このみ
「よくできました!実はもう臨時コーチも依頼してあるの。レッスン場に向かいましょう!」
馬場このみ
紗代子ちゃんと百合子ちゃんが大きく頷く。亜利沙ちゃんにお礼を言って資料室を後にする。
馬場このみ
3人でレッスン室へ向かう。後ろから聞こえる2人の足音が床を伝って私の心を強く響かせる。
七尾百合子
「プロデューサー、一つ聞きたいんですけど、どうしてこんな作戦を思いついたんですか」
馬場このみ
レッスン室のドアを開ける前、百合子ちゃんが質問してきた。私はしばし天井を見上げ、答える。
馬場このみ
「そうね……気付かせてもらったのよ」
七尾百合子
「気付かせてもらったって……今回の作戦のヒントですか?」
馬場このみ
「ううん、間違ってはいないんだけど。もっと単純で根本的なこと」
馬場このみ
「自分の道は自分の手で切り拓くってことよ」
(台詞数: 50)