馬場このみ
2人の女性が背中合わせでポーズをとり、透明感と重みのある音楽が部屋の壁へと消えていく。
高山紗代子
髪を結わずに肩口まで下ろした紗代子ちゃんと
七尾百合子
前髪をピンでとめた百合子ちゃん。
馬場このみ
私は言葉をかけるより早く、汗一つかかず凛とする2人に拍手を贈った。
七尾百合子
「どうですか?プロデューサーさん!」
高山紗代子
「5年前の私たちより成長していますか?」
馬場このみ
もちろん!と私は胸を張って答える。
馬場このみ
「高音の広がり方も表現も格段にレベルが上がっているわ。お姉さん、嫉妬しちゃう」
馬場このみ
私の言葉に2人は小さくハイタッチする。
馬場このみ
次の曲を披露するまで休憩とした。私はタブレットにユニットのデータを出す。
馬場このみ
ユニット名「スピカ」
高山紗代子
透明感と力強い高音を持つ高山紗代子と
七尾百合子
ステージを次元を超えて支配する表現力を持つ七尾百合子のユニット
馬場このみ
結成当初より人気は高く、根強いファンが多い。ただ、ここ数か月は目に見えて勢いがない……か。
馬場このみ
データから目を離すと2人とも鏡に向かって振付を確認していた。
馬場このみ
ぼんやりとだが原因は分かっている。そして、それは2人も同じなのだろう。
高山紗代子
「プロデューサー!ここの振付なんですけど、意見をいただけませんか?」
七尾百合子
「こっちのほうが大きく見えてステージを広く使えていると思うんです!」
馬場このみ
――ダンスの流行
馬場このみ
紗代子ちゃんはボーカルで百合子ちゃんはビジュアル。この流行には沿っていない。
馬場このみ
ならば、ダンス要素を入れればよいかというと話はそう単純ではない。特にこのユニットついては。
高山紗代子
「プロデューサー、聞いてますか?」
馬場このみ
「あっと、ごめんなさいね。もう一度見せてもらえる?」
七尾百合子
「はい!Cメロ終わりの最後の振りなんですけど、こうやってターンをいれるんです!」
馬場このみ
「……今からいれるには難しくない?サビにちゃんと入れるの?」
高山紗代子
「私も同感です。確かに大きく動けてダンサブルにはなりますが。それに残りの時間を考えると」
七尾百合子
「大丈夫です!練習すればいけます!」
高山紗代子
「私も入れるだけなら可能だと思うよ。でも、それで歌や表現のクオリティは維持できるの?」
七尾百合子
「そんな弱気でどうするんですか!このままじゃ、次のフェスも……」
馬場このみ
「百合子ちゃん、紗代子ちゃんは慎重なだけ。弱気とは違うわ」
馬場このみ
「でも、百合子ちゃんのいうとおりこのままじゃフェスは厳しいのよね……」
馬場このみ
3つの大きなため息がレッスンルームに響く。
馬場このみ
……雪歩ちゃんはスピカが「壁」にぶつかっていると言った。でも、これは正しくないと思う。
馬場このみ
今の2人はそれぞれボーカルとビジュアルに特化したアイドルとなっている。
馬場このみ
紗代子ちゃんの歌が百合子ちゃんの表現を、百合子ちゃんの表現が紗代子ちゃんの歌を盛り上げる。
馬場このみ
これがスピカの持ち味。それじゃあ、ここにダンスを加えたら?しかも中途半端な。
馬場このみ
……
馬場このみ
そう、「壁」ではなく言うなれば……「崖」。ボーカルとビジュアルという大きな壁に挟まれた崖。
馬場このみ
2人ともダンスだって上達してる。でも、それ以上にボーカルとビジュアルが成長しているのだ。
高山紗代子
「プロデューサー、とりあえず今は私たちの残りの楽曲を見てもらっていいですか?」
馬場このみ
考え込む私に紗代子ちゃんが言葉をかける。
高山紗代子
「時間がないのなら今できることを精一杯やりたいです。それから対策は考えませんか」
七尾百合子
「そうですね!ファンのみんなに最高のステージを届けるためにも!」
馬場このみ
2人の前向きな言葉に喜びつつ、私は大きく頷く。確かに今は全体を抑える必要がある。
馬場このみ
曲が始まりゆっくりと2人が動き始める。
馬場このみ
ボーカルとビジュアルに釣り合うダンスを仕込むには圧倒的に時間が足りない。
馬場このみ
じゃあ、スピカがフェスで存在感を示すために、私がプロデューサーとしてできることは何だろう?
馬場このみ
……
馬場このみ
まずは、ここ5年間の曲をべ供すること。スピカ以外の曲も覚えておかないと。
(台詞数: 49)