七尾百合子
「やめ」
横山奈緒
「あ?」
横山奈緒
瑞希の肩に手を触れようとした寸前、百合子から制止を告げられた。
七尾百合子
「残念ながら、テストはここまでとさせていただきます」
横山奈緒
「ここまで? リミットは丸1日だった筈やろ」
七尾百合子
「響さん、答案と脳波計の回収お願いします。……お疲れ様でした」
横山奈緒
百合子は問いに答えることなく、私に一瞥をくれると足早に部屋を後にした。
横山奈緒
「なんやねん、もう」
真壁瑞希
「横山さん」
横山奈緒
「おう瑞希……って、無事か?」
真壁瑞希
「何がでしょう?」
横山奈緒
「さっきの……その、意識とか。体調悪くなったりしとらんか?」
真壁瑞希
「少し頭がぼうっとしていますが問題ありません。慣れていますから」
横山奈緒
「そか。ならええわ」
横山奈緒
ほっと胸を撫で下ろす。
横山奈緒
「なあ、さっきのテストなんやけど、あれは一体──」
横山奈緒
言いかけて、ふと先刻の瑞希の言葉を思い出す。
横山奈緒
──慣れている? となると瑞希は、既にあれを複数回経験していた?
横山奈緒
「……何で、受け入れたんや?」
横山奈緒
口にしようとしていた質問を飲み込み、新たな質問を投げかける。
真壁瑞希
「……と、言いますと?」
横山奈緒
「あれは危険や。自分の心すら相手の指揮下に置かれてまう」
横山奈緒
「目的の為とはいえ、自分が犠牲になったらなーんも意味ないんやで?」
真壁瑞希
「大丈夫ですよ」
横山奈緒
「どうして」
真壁瑞希
「信用してますから」
横山奈緒
視線はまっすぐ私の目を見つめていた。
横山奈緒
「……百合子は、そこまでの人間なんか」
真壁瑞希
「百合子さんもですが、私は……」
真壁瑞希
「なんでもありません」
横山奈緒
俯いて押し黙る瑞希。あまり詮索するのも良くない、か。
横山奈緒
「……まあええわ。それより、もうこんな時間なんやな」
真壁瑞希
「当初の予定より半日早まったとはいえ、既に時間は真夜中ですね」
横山奈緒
「んじゃ帰ろか。この白色の空間は気が滅入ってくるわ」
真壁瑞希
「そうですね。お腹もペコペコですし」
横山奈緒
「ほな何か食べてこか。そや、この前旨いラーメン出す屋台を見つけたんや。瑞希にも教えたる」
真壁瑞希
「お供します。ワクワク」
真壁瑞希
────
横山奈緒
あの日以降、瑞希と顔を合わせることはなかった。
横山奈緒
それについて、私は特に気に留めることなく日々を送った。
横山奈緒
彼女の夢の邪魔をしたくなかった。
横山奈緒
彼女だけではない。科学者の夢、国民の夢、延いては人類の夢。
横山奈緒
全ての夢を乗せた「塔」はいずれ暗雲を貫き、世界を希望の光で包んでくれると皆信じていたから。
横山奈緒
そう、信じて止まなかったのだ。私以外は。
横山奈緒
先にも言ったように、私は夢の邪魔をするつもりは毛頭ない。
横山奈緒
だが、どんなことをしてでも守りたいものがある。
横山奈緒
理由など、それだけあれば充分だった。
横山奈緒
忘れもしない。あれは血を滲ませたような真っ赤な夕焼けが空を支配していた日。
横山奈緒
運命を狂わせたのは、1本の電話だった。
(台詞数: 49)