七尾百合子
その白球は、少女の手に握られていた。
七尾百合子
少しだけ吹いた秋風に、少女の短い髪がなびく
七尾百合子
かかる前髪を直すその指は細い
七尾百合子
マメやタコの跡があって嫌だと本人は言っていたけども
七尾百合子
私はとても綺麗な指だと思う
七尾百合子
球を弾いては手の中に戻す
七尾百合子
何度も何度も
七尾百合子
なにかを確かめるでもなく、何度も何度も
七尾百合子
ふと、手が止まる
七尾百合子
こちらに目線をやり ひとこと
永吉昴
見てて
七尾百合子
腕を大きくひき 少女は膝を曲げる
七尾百合子
次の瞬間地面を蹴る音とともに、小さな砂埃が舞う
七尾百合子
同時に白球は手から離れ、空へと吸い込まれていく
七尾百合子
見上げる
七尾百合子
少女の頭の上からまっすぐまっすぐ上
七尾百合子
雲一つない青
七尾百合子
その中に本当に溶けてしまった
七尾百合子
ジリという音がした
七尾百合子
少女は足を肩幅に開きグローブを持つ手を上にかざす
七尾百合子
まさかと思い再び上を見上げる
七尾百合子
青の中に
七尾百合子
あった
七尾百合子
ゆっくりと落ちてくる
七尾百合子
ように見えただけで実際には数秒立たないうちに目の前まで迫ってきた
七尾百合子
自分の方に向ってくる
七尾百合子
避ければいいものの、身体は固まって動かない
七尾百合子
目を閉じる
七尾百合子
バスン
七尾百合子
鈍い音がする
七尾百合子
恐る恐る目を開ける
七尾百合子
白球は
七尾百合子
白球は少女のグローブの中に収まっていた
七尾百合子
少女も先程の場所からほとんど動いていない
七尾百合子
どうやら、自分の方に球が向って来てるなんて大きな勘違いだったようだ
七尾百合子
顔が熱くなる
七尾百合子
目の前の少女は得意げな顔でこちらを見る
七尾百合子
私は顔が赤くなってるのを誤魔化すために目線を逸らす
七尾百合子
逆効果だった
七尾百合子
不思議そうな顔で、こちらに近づいてくる
永吉昴
大丈夫か?
七尾百合子
……近い
七尾百合子
「なんでもない」とだけ答えて、少女の手に握られていた球を奪う
七尾百合子
見よう見まねでえいやと空に向って投げた
七尾百合子
つもりだったが、なぜか私の右後ろへと飛んでいき、すでに地面を転がっている
永吉昴
ははは、すごい魔球
七尾百合子
意地悪な言い方
七尾百合子
また風が吹く
七尾百合子
少女の髪からふわりとシャンプーの香りが届く
七尾百合子
また、頬が熱くなった
(台詞数: 50)