七尾百合子
私は本を閉じ、身体全体を使ってゆっくりと息を吐いた。
七尾百合子
面白い本を読むと、幸せな気持ちになる。そしてその幸せな気持ちが身体から溢れてくる。
七尾百合子
その幸せな気持ちを身体に充分に巡らせたら、出会えた感謝の気持ちとともに世界に返す。
七尾百合子
この話を、前に杏奈ちゃんにしたら「……もったいない」って言われたっけ
七尾百合子
幸せな気持ちはみんなで共有したほうがいいと思うな。……最近読んだ本の受け売りだけど。
宮尾美也
すー……
七尾百合子
目の前で寝ている美也さんは、いつも幸せそうだ。美也さんを見ているとこっちも幸せになる。
七尾百合子
……時々考える。こんなに幸せでいいのかと。
七尾百合子
好きな本にも出会える。大好きな友達とも会える。好きなお仕事もできている。
七尾百合子
本当にこれは現実なのかなって、不安になるときがある。
七尾百合子
……なんだか似たような話を聞いたことがある。この前、古典で習ったと思うんだけど。
宮尾美也
すー、むにゃむにゃ……
七尾百合子
そうだ!胡蝶の夢だ!
七尾百合子
自分は蝶になった夢を見たのか、それとも自分は蝶が見ている夢なのか。確か、そういうお話。
七尾百合子
本を膝の上において、じっと手を見る。
七尾百合子
マメどころか傷一つ無い手。色白の甲。すらっと伸びた指。
七尾百合子
私は間違いなくここにいる。でも、夢だとしたら?
七尾百合子
夢だとしたら、夢を見ている私はどんな私なんだろう。
七尾百合子
本は読めているのだろうか。杏奈ちゃんと遊べているのだろうか。
七尾百合子
いや、それ以前に杏奈ちゃんと、みんなと出会えているのだろうか。
七尾百合子
ふと、外から子供の鳴き声が聞こえてきた。つられて窓を見ると紫の風船が空へと飛んで行った。
七尾百合子
続いて桃色の風船が、黄色の風船が、水色の風船が、橙色、黄緑、黒、白、どんどん増える
七尾百合子
どんどん増えて、窓の外は風船だらけになって、そして……
七尾百合子
割れた。
七尾百合子
はっと我に返る。外から男の子の鳴き声は聞こえるが、空は青く遠くまで透き通ってる。
七尾百合子
……私は大きく息を吸い込んだ。
七尾百合子
さっき吐き出した幸せを取り返すように、体中に幸せを満たすように。
七尾百合子
そして、もう一人の自分に幸せを分け与えるように。
宮尾美也
くー……くー……
七尾百合子
美也さんはどんな夢を見ているのだろう。猫になっているのだろうか、はたまたチョウチョだろうか
七尾百合子
もしかしたら、今の私は夢の中の私かもしれない。
七尾百合子
でも、私は私だ。たとえ、向こうの私が幸せであろうとなかろうと私は私だ。
七尾百合子
そして、私はアイドルだ。
七尾百合子
大きく息を吸う。
七尾百合子
ステージに立つ自分を思い描き、黄色い光が充満した客席を思い浮かべた。
七尾百合子
そして、小さく息を吐いた。残りの息はステージに取っておく。それが私の仕事だもの。
七尾百合子
ああ、でも、少しだけ。この息は使おう。
七尾百合子
ドアの向こうがにわかに騒がしくなってきた。
宮尾美也
すーすー
七尾百合子
私は、本を置いて、美也さんにかかっているタオルケットをかけ直す。
七尾百合子
ドアが開いた。
七尾百合子
私は大好きな幸せを目の前にして、大きく挨拶をした。
(台詞数: 42)