七尾百合子
とある西暦、私は宇宙船の中で新年を迎えようとしていた。
七尾百合子
祝い事には宇宙旅行。現代の定番となりつつある。
七尾百合子
目下には旧太陽系第三惑星。昔は翡翠の星と呼ばれていた氷の惑星だ。
七尾百合子
その景観から宇宙の至宝と呼ばれ、重要保護惑星に指定されている。
七尾百合子
昔はたくさんの人々で溢れていたらしいが……今では草も育たないと文献で知った。
七尾百合子
「……? なんだろう、あれ」
七尾百合子
記念に写真を残そうとしてカメラを向けると、黒い物体が映り込んだ。
七尾百合子
「デブリ……かな?」
七尾百合子
宇宙にゴミというのは然程珍しくない。昨今では環境問題となっているくらいだ。
七尾百合子
「……うーん」
七尾百合子
「一応、ね。念の為」
七尾百合子
手持ちのタブレットを物体に向けると、解析を始め、画面に情報を表示させる。
七尾百合子
結果、あれは誰かが既に発見しており、名前まで登録されている「ゴミ」であった。
七尾百合子
表示名『黒騎士の衛星』。
七尾百合子
「個人的に唆る名前!」
七尾百合子
見事に詳細まで載っている。きっとこれを編集した人はマニアに違いない。
七尾百合子
「えーと、13,000年以上にわたって地球を周回している、人類の手によらない未確認物体……
七尾百合子
「ふむふむ」
七尾百合子
俄然興味が湧いてきた。
七尾百合子
「……と諸説あるものの、実態としては船外活動の際に取れたパーツである線が濃厚で――」
七尾百合子
「ああ……やっぱり」
七尾百合子
所謂ガラクタ。今まで放置されてたのだから当然か。
七尾百合子
「誰か片付ければいいのにね」
七尾百合子
「ねえユリコ、科学は発展し尽くしてしまったのかい?」
七尾百合子
「ええ、科学とロマンは共存し合えないのよ……」
七尾百合子
自らの三文芝居に呆れ、溜息と頬杖をつき、ぼんやりと軌道を周る『黒騎士』を眺める。
七尾百合子
そうしている内に、新年に向けてのカウントダウンが始まった。
七尾百合子
新年まで残り五分!
七尾百合子
毎度思うが地味に長い。騒ぎ飽きて感動も薄れてしまいそうだ。
七尾百合子
「?」
七尾百合子
ホワイトノイズ。
七尾百合子
トラブルだろうか。添乗員が何やら喋っているがスピーカーからはまったく音が出ていない。
七尾百合子
残り三分。
七尾百合子
「っ!」
七尾百合子
咄嗟に耳を塞がずにはいられなかった。
七尾百合子
音を取り戻した船中のスピーカーが発するのは悲鳴か怒声か金切り声か。
七尾百合子
とにかく、そんな嫌な音が集合して”勝手に”大音量で発されたのだ。
七尾百合子
場は一瞬にして騒然。共鳴するかのように同じ不快音を発する乗客達。
七尾百合子
「な、なに……これっ……!」
七尾百合子
もちろん、私とて例外ではない。
七尾百合子
脳髄にまで響く振動。高音だったり低音だったり、容赦ない。
七尾百合子
刹那、船内は影に覆われた。
七尾百合子
窓の向こう、あの『黒騎士』が至近距離まで迫っていて……
七尾百合子
裂け目から、ぎょろりと目を剥いたのだ。
七尾百合子
「ひっ……」
七尾百合子
次の瞬間、船内……いや、宇宙は光に包まれた。
七尾百合子
チカチカする視界の中、辛うじて目撃出来たのは信じられない光景だった。
七尾百合子
「な、ない……」
七尾百合子
漆黒に浮かぶ翡翠が、氷の惑星が、至宝が、塵芥すら残さずに消失していた。
七尾百合子
多分、生涯で最悪の年始である。
(台詞数: 50)