七尾百合子
……孤独な暗闇。この洞には、私一人。
七尾百合子
ひたすらに書を読み耽り、知識を貯めるために知識を求め、空想という魔術に耽る日々。
七尾百合子
誰にも侵されぬ、私だけの聖域……そこに籠る事こそ、至高の悦び。
七尾百合子
……そう、信じていました。あの人と出逢ったその日までは。
七尾百合子
新たな書を求めて、ひとたび洞を出たほんのひと時。一生の内なら瞬きほどのひと時。
七尾百合子
私は出逢ったのです。どんな本より、私に、私自身の『お話』を与えてくれそうな人に。
七尾百合子
……あの人は、決して知識に溢れているわけでは有りません。幾つもの点では私のほうが上。
七尾百合子
それでも、あの人は「私の知らない」世界を知っていました。それは、キラキラ輝く夢。
七尾百合子
多くの人と触れ合う楽しみ。苦痛と苦悩とを乗り越えてこその高み。歓声を受ける嬉しさ……
七尾百合子
空想が現実になるステージ。私の為だけに編まれた歌。降り注ぐ……無限の夢幻。
七尾百合子
……あの人が、私を本格的に洞の外の世界に誘った時。私には戸惑いを覚えました。
七尾百合子
洞の外は、楽しい。でもひとたび外に出れば、もう洞の中には帰れなくなるのでは……と。
七尾百合子
外で見る夢が破れても……あるいは、外の世界に取り込まれ夢の住民になっても、
七尾百合子
外の世界を知れば、もう……築き上げてきた『今までの私』には戻れないのではないか、と。
七尾百合子
……あの人は、笑って言いました。
七尾百合子
『キミが好きなものを否定し手放さなくてもいい。好きなものを増やすだけでいい』、と。
七尾百合子
……だから私は、内なる空想の国と、外なる夢幻の世界と、両方を旅してます。
七尾百合子
……
七尾百合子
……ずっと一人きりだった魔女は、他人のもの以外では『空想』でしか知らないものが有りました。
七尾百合子
そのひとつが、『恋』です。一人籠る洞の中では、自分の頭で組み立てた恋しか在りませんでした。
七尾百合子
……キラキラした外の夢を、さらにキラキラさせる、素敵な恋。
七尾百合子
相手は誰か……考えるまでもありません。魔女を連れ出した、あの人に決まってます。
七尾百合子
……魔女は精一杯、貯めに貯めた、自信の知識を基にした『魔法』を繰り出します。
七尾百合子
心を揺るがせる魔法の台詞。肩に触れ送り込む波動。想いを引き寄せる『媚薬』。
七尾百合子
……一人きりでいた魔女は、それらが本当は些細な効能しかないのを、知りませんでした。
七尾百合子
それでも、自分には書の知識しか無いと思い込んだ魔女は、ひたすらそれを振りまくだけでした。
七尾百合子
……
七尾百合子
ある日、魔女は気づいてしまったのです。
七尾百合子
あの人が、夢の中に誘い導いているのは……自分一人だけではない事に。
七尾百合子
そして……
七尾百合子
そして……自分を導いてくれたあの人は、完全無欠の勇者などではなく、
七尾百合子
むしろ、幾つも失敗し、ときに格好悪く、調子に乗ったり凹んだりする……凡人である事に。
七尾百合子
だからこそあの人は、本当は『自分と並んで歩き、支えてくれる』パートナーを求めてる……
七尾百合子
……
七尾百合子
……本の知識しかない魔女は、弱い彼をいかほど支えられるのでしょう。
七尾百合子
……彼に手を引かれ、やっと洞を出られた魔女は、彼の横に並んで歩けるのでしょうか。
七尾百合子
……今の自分の弱さを思い知り、今の自分は彼を助けられないと不安になり。
七尾百合子
魔女は、眠れぬ夜を幾夜も明かしたのでした。
七尾百合子
……
七尾百合子
それでも魔女は、洞に帰り籠ることを選びませんでした。彼の元を去ることをしませんでした。
七尾百合子
弱い自分を知り、それでもなお、嵐も吹く夢幻の中を進むことを選びました。
七尾百合子
今は力無く脆き存在でも。いつか、彼と肩を並べて戦っていけることを目指して。
七尾百合子
秘めた知識。彼に拓いてもらった世界。内なる空想。生まれてきた……想い。
七尾百合子
彼とともに歩く、私は……籠る魔女ではなく、『風の戦士』なのです。
(台詞数: 44)