七尾百合子
奇跡とは不条理なものだ。
七尾百合子
絶対的な救いでありながら、望んだ通りに起こるとは限らない。
七尾百合子
それでも確かに存在すると知っているから――無駄な期待を抱く。
七尾百合子
奇跡は繰り返される。私たちの眠る間に。
七尾百合子
明日も来る確証などない筈の朝は、毎日律儀にやってくる。
七尾百合子
私たちは疑ったりしないけれど、それは紛れもない奇跡なのだ。
七尾百合子
幼い頃に聴かされた子守唄。
七尾百合子
私は母の顔を覚えていないので、それは母と直結する唯一の記憶なのだが。
七尾百合子
ともかくそれに依れば、私たちの体は砂糖とスパイスと素敵な何かでできているという。
七尾百合子
砂糖に賞味期限はない。スパイスは、ものに依るが、香りが落ちる。
七尾百合子
調べてみると、どうやらこの唄には続きがあるらしい。
七尾百合子
女の人はリボンとレースと甘い顔でできている、と。
七尾百合子
甘い顔、とは砂糖まみれという事かもしれない。砂糖は保存がきく。
七尾百合子
でも問題は《素敵な何か》はどうなったのか、ということだ。
七尾百合子
仮説そのいち。素敵な何かは賞味期限が切れて捨ててしまった。
七尾百合子
腐ってしまったのかもしれない。虫やカビが入ったのかも。
七尾百合子
仮説そのに。素敵な何かの正体はリボンとレースであった。
七尾百合子
確かにそれらは素敵ではあるが、私を落胆させた。
七尾百合子
素敵な《何か》でなければならないのだ。その、漠然とした幸福感。素敵な人生が待っている予感。
七尾百合子
分かってしまえば、そこに選択肢などないのだから。
七尾百合子
養老孟司曰く、知ることは死ぬこと。
七尾百合子
悟りを開いた先に待つのは精神的な死だ。
七尾百合子
ちょうど死んで初めて、人が仏になるように。
七尾百合子
そう考えれば不惜身命などは、至極あたりまえの言葉に思われる。
七尾百合子
あるいは、死後の世界を否定する場合。
七尾百合子
モーリス・ブランショ曰く、死において、私が死ぬのではなく、私は死ぬという能力を失う。
七尾百合子
私の肉体が死ぬとき、精神は死を目前にして消滅してしまうから。
七尾百合子
死を選ぶとき、死そのものに妨げられて死を体験することができないのだ。
七尾百合子
だからこそ、私たちは死へと強く惹き付けられる――不可能性の可能性に。その矛盾に。
七尾百合子
そこにはカリギュラ効果も影響しているのかもしれない。
七尾百合子
しかし私の主張はそこではない。
七尾百合子
全てが理路整然とした自然界の中で、そのような矛盾が今に至るまで保たれている――
七尾百合子
これもやはり奇跡なのだ。夜明けのそれと同様に。
七尾百合子
夜明けに自殺者が増えるという統計的事実は、その輝きを永遠のものにしたかったが為。
七尾百合子
世界はこんなにも、美しい。
七尾百合子
解らないだろうか。それでも構わない。
七尾百合子
私など、仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明でしかない。解すべき本質は他にある。
七尾百合子
話をまとめよう。奇跡は起きないのではない。
七尾百合子
ただちょっと、私たちが寝坊をしすぎるのだ。
七尾百合子
さあ、時は来た。
七尾百合子
「目覚めよ」
(台詞数: 41)