高山紗代子
陽炎がゆらりと揺れると、駅前に夏草が生い茂った。
高山紗代子
僕はシャーペンを放り投げて眼をこすり、窓の外をもう一度見る。
高山紗代子
しかし、窓の向こうにあるのはアスファルトとコンクリート、夏草とは縁遠い光景だった。
高山紗代子
首をかしげながら、窓の向こうの中心にいる人物に視線を戻す。
高山紗代子
彼女は夏の日差しにさらされたベンチでじっと前を見て座っている。
高山紗代子
時折、腕時計を見たり髪を手で梳いたりしているが、ベンチから立つことはない。
高山紗代子
……ある一定の時間が経つまでは、だ。
高山紗代子
コップの氷がカランと音を立てる。彼女がベンチに座り直してそろそろ5分が経つ。
高山紗代子
時計の針と窓の向こうの彼女を交互に見る。
高山紗代子
5……4……3……2……1……
高山紗代子
彼女が立ち上がる。
高山紗代子
向こう側に顔を向けたまま1歩、2歩と進み、じっと立ち尽くす。
高山紗代子
首が徐々に正面へと回っていく。そして、正面を向いたとき彼女はまた歩みを進め、
高山紗代子
何事かを呟こうと口を開いた。
高山紗代子
……さっきはここで陽炎が揺らめいた。
高山紗代子
しかし今、窓の向こうに見えるのは、しきりに首を傾げ、日陰へと移動する彼女の姿だった。
高山紗代子
僕は残り少ないアイスコーヒーを飲み干し、背もたれに背中を預けた。
高山紗代子
日陰に移動した彼女はカバンから冊子のようなものを取り出して、ペンで何かを書き込んでいる。
高山紗代子
しかし、余程納得がいかないのか、彼女はペンで頭を掻き、空を仰いだ。
高山紗代子
つられて僕も空を見る。青い空に白い雲が浮いているが、夏の日差しが弱まる気配はない。
高山紗代子
彼女が立ちあがった。一つ伸びをすると、きりっとした顔で太陽の下へ歩き出す。
高山紗代子
僕も机の上の真っ白なノートを畳み、かぶりつくようにそれを見守る。
高山紗代子
誰もいないベンチに彼女が腰かけ、時計の針が動き出す。
高山紗代子
彼女は相変わらず日光に照らされたまま、正面をじっと見つめる。
高山紗代子
僕はそれを両手を組んでじっと見つめる。
高山紗代子
日差しが強くなる。アスファルトがぼんやりと揺れ始める。
高山紗代子
時計が回る。
高山紗代子
秒針が時を告げようとする。
高山紗代子
5……4……3……2……1……
高山紗代子
スッと彼女が立ち上がる。
高山紗代子
その瞬間、アスファルトの熱気が彼女を包み込み、大きな陽炎が立った。
高山紗代子
思わず僕は顔を背け目をつむる。そして、顔を上げ、窓の外を見ると、そこにあったのは
高山紗代子
線路だった。
高山紗代子
夏草の中を真っすぐに伸びる線路。そのプラットフォームに彼女は立っていた。
高山紗代子
はるか向こうから警笛が聞こえる。線路を伝う音は徐々に大きくなってくる。
高山紗代子
電車が姿を現す。彼女は1歩、2歩進んでじっと電車が到着するのを待っている。
高山紗代子
重い音を立てて電車が止まる。彼女は歩みを進める。ドアが開く。彼女は口を開く。
高山紗代子
彼女がさらに一歩進み、電車から降りて来る誰かを迎えようとすると……
高山紗代子
コップの氷が大きな音を立てた。びくりとして周囲を見渡すと、そこはもといた喫茶店だった。
高山紗代子
喫茶店の中にいるも関わらず、僕は汗をびっしょりとかいていた。手の中もじっとりとしている。
高山紗代子
何が起きたか分からなかった。窓の外へ目を向けると彼女は帰り支度をしているところだった。
高山紗代子
椅子に座り直し、薄くなり過ぎたコーヒーを口に含む。その冷たさが脳味噌の働きを取り戻す。
高山紗代子
彼女が駅へと消えていき、窓の外は平凡な光景となった。
高山紗代子
……結局、彼女は何だったんだろう。
高山紗代子
ぽつりと浮かんだその疑問を振り払うかのように、窓の外にポツリポツリと雨粒が落ちる。
高山紗代子
雨粒はすぐに大きくなり夕立となる。
高山紗代子
僕は参考書を取り出し、ノートを開き直した。
高山紗代子
いつかまた陽炎を見ることができるだろうか。
高山紗代子
ふと、そんな考えが頭をよぎり、苦笑いをする。
高山紗代子
僕はギュッとペンを握り締め、また問題を解き始めた。
(台詞数: 50)