北沢志保
『ゲコ』
北沢志保
と、最初の一声を皮切りに、田園の方で蛙の合唱団のコンサートが開演する。
北沢志保
「あの声、というのは……」
高山紗代子
「あ、うん、えーっとね……」
高山紗代子
「うん、それは一旦忘れといてくれるかな?」
北沢志保
「はい?」
北沢志保
話を振ってきた当人が『忘れてくれ』というのも腑に落ちない話だが……。
高山紗代子
「まあ、そうは言ってもホイと忘れられる訳もないだろうから」
高山紗代子
「ひとまずそれは置いといて、という感じでお願いできるかな?」
北沢志保
そうは言われても、素直に得心出来る筈も無いが……。
高山紗代子
「そのうち誰かが、頃合いを見て説明するだろうから、ね?」
北沢志保
そう言われてごねてみせる様な対等の立場でない事は承知している。
高山紗代子
「じゃあこの話はおしまい。で、話変わって今度は志保ちゃんに、ひとつお願いがあるんだけど…」
北沢志保
「お願い、………ですか?」
高山紗代子
「うん、あのね………」
高山紗代子
「私と、友達になって貰えないかな?」
北沢志保
想定の斜め45度上が来た。
北沢志保
「そ、それはまた何故、私なんかを友達とか……」
高山紗代子
「えっとね、私って元々友達がすっごく少ないんだけど」
高山紗代子
「その少ない友達も、ここ何十年も会えなくって……」
高山紗代子
「こんな五十越えたおばあちゃんにそんな事言われても、知るかよって感じだと思うんだけど…」
北沢志保
「………ま、まあ、それは別に、構いませんけど……」
高山紗代子
「本当?嬉しい!有り難う志保ちゃん」
北沢志保
電波以上に訳が分からない。
北沢志保
「」
高山紗代子
「でね、大久保の銀鱗屋のあんこは甘さ控えめなんだけど」
北沢志保
「」
高山紗代子
「がっかりだったのが鯛の蔵。やっぱりチェーン展開してから」
北沢志保
「」
高山紗代子
「今時尻尾まで餡が入ってるのは常識とか言うけど、本質はそこじゃないと思うんだよね」
北沢志保
「」
北沢志保
気付けば窓の外は夜闇に包まれ、蛙の合唱団の演目はクライマックスを迎えていた。
高山紗代子
「あー!もうこんな時間?やば、今日中に目を通す資料が手付かずだった!」
高山紗代子
「これは帰ったらお説教タイムかな……」
北沢志保
「た、大変ですね……」
高山紗代子
「ううん、それよりごめんね?ずっとお話付き合わせちゃって。具合は大丈夫?」
北沢志保
「あ、はい、もうすっかり。元々そんな大した物じゃ……」
高山紗代子
「良かった。でも無理しないでね?時には休むのも大事だよ?」
北沢志保
「嫌いなんですよ」
高山紗代子
「?」
北沢志保
「休む、とか逃げる、とかそういうの、性に合わないんで」
高山紗代子
「………そっか、千鶴さんの言葉、守ってるんだね」
北沢志保
「姉を……知ってるんですか?」
高山紗代子
「勿論、私の数少ない友達だもの」
北沢志保
「そうだったんですか……」
北沢志保
少しばかり納得した。それでいきなり、友達になってくれと来たのか。
高山紗代子
「でもね、志保ちゃんその言葉の意味を取り違えちゃ駄目だよ」
高山紗代子
「大事なのは、目を逸らさない事。周りから、そして自分から……」
高山紗代子
「目を逸らさずに、自分が何を為すべきか、何が自分の信念に沿うのか」
高山紗代子
「それだけは、忘れないで。」
(台詞数: 50)