周防桃子
ステージの上で、桃子と春香さんは、ファンの投票結果を待っていた。
周防桃子
スクリーンに映し出された数字は…春香さんが92票、桃子が…101票!
周防桃子
やった!春香さんに勝った…!
周防桃子
結果を見れば、どっちつかずの票が10もなくて、評価はスッパリ二つに分かれている。
周防桃子
桃子の歌を気に入った人も多かったけど、そうでない人も多かったってことかな…。
周防桃子
それでも、勝負では桃子が勝った。
周防桃子
これで…これで、ついに決勝進出だね!
周防桃子
応援してくれたファンに、ステージの上から、今度は作っていない自分の笑顔で、手を振った。
周防桃子
ひとしきり笑顔をふりまいて、桃子は舞台袖へと戻る。
周防桃子
貴音さんと、勝った喜びを分かち合おうとして。
周防桃子
でも、そこで桃子が見たのは…。
天海春香
「何を…何を考えているんですか、貴音さん!」
周防桃子
聞いたことのないようなきびしい声で、貴音さんを問い詰める春香さんの姿だった。
四条貴音
「何をとは、あなたの歌を拝借した事でしょうか?」
周防桃子
貴音さんも、春香さんに正面から向き合ってまったく引く様子もない。
天海春香
「そんなことはどうでもいいんです!」
天海春香
「そうじゃなくて、あの踊り方は、貴音さんの踊り方じゃないですか!」
天海春香
「まだ体のできてない桃子ちゃんにあんな事をさせたら、体を傷めてしまうかもしれないのに!」
周防桃子
春香さんの言葉に、桃子の体中から、思い出したかのように疲れと痛みがもどってくる。
周防桃子
たしかに。春香さんが言ったように、このダンスは桃子にはキツかったのかもしれない。
四条貴音
「無理をしなければ、どうして弱者が強者から勝ちを得る事ができましょうか。」
四条貴音
「桃子はそれと承知で、わたくしの厳しい指導に耐え、勝利をその手に掴んだのです。」
四条貴音
「春香。あなたこそ、桃子を見くびっていると気付きませんか?」
周防桃子
『リコッタ』でお世話になった春香さんと、ここまで桃子に付き合ってくれた貴音さん。
周防桃子
その二人がケンカしているのがどうしようもなくイヤになって、桃子は声を上げていた。
周防桃子
「やめて!」
周防桃子
桃子が割って入ると、二人がぱっと桃子の方をふり向いた。
天海春香
「桃子ちゃん…。」
周防桃子
春香さんは、桃子を心配して言ってくれているのだと思うけど、はっきり言っておく必要がある。
周防桃子
「これは、桃子が決めたことだよ。体をこわしたとしても、それは桃子の責任なんだから。」
周防桃子
そう。桃子の心は、貴音さんが言っていたことにうなずいていた。
周防桃子
無理や無茶で勝てるなら、桃子はなんだってやってみせる。今回のように。
周防桃子
でも、春香さんは納得しなかったようで、首を横に振った。
天海春香
「ううん、ダメだよ、桃子ちゃん。」
天海春香
「本当に自分で考えてやったことなら、私は桃子ちゃんを止めない。止められない。」
天海春香
「でも、今の桃子ちゃんは、貴音さんが敷いた道を進んでいるだけ。」
天海春香
「そんなところで、自分を賭けるなんて、絶対にダメだよ…!」
周防桃子
…春香さんは、何を言っているんだろう?
周防桃子
桃子は貴音さんの力を利用して、貴音さんは桃子を目的のために利用して…。
周防桃子
これは対等な関係で、桃子が貴音さんに操られているわけじゃない。全部、桃子の意志なのに。
周防桃子
「…もういいでしょ。これは、桃子の決めたことだよ。」
周防桃子
そう言って、感情をおさえながら、春香さんに背中を向けるのがせいいっぱいだった。
周防桃子
でも、春香さんの声が背中を追ってきて。
天海春香
「貴音さん…お願いします。」
天海春香
「せめて、最後のひとつだけは、桃子ちゃんから取り上げないでください。」
周防桃子
その言葉の意味はわからなかったけど。
周防桃子
「…行こう、貴音さん。」
周防桃子
桃子は貴音さんに声をかけて、舞台袖を後にした。
周防桃子
まるで、その場から逃げ出すみたいに。
周防桃子
もう、どっちが敗者なのか、わからなくなってしまった。
(台詞数: 50)