松田亜利沙
照明を受けている背中が熱い。
松田亜利沙
この衣装の素材、熱に強いやつだっけ?なんて、ふとした疑問が頭をよぎる。
松田亜利沙
ステージに集中しなくちゃいけないのに。まるで他人事みたいに遠くから私を眺めてる私がいる。
松田亜利沙
変なの。
松田亜利沙
客席では大勢の人が私を見てる。その手には私のイメージカラーのサイリウム。
松田亜利沙
いつもの夢と同じだ。
松田亜利沙
ステージに登ってきた私の一声を、この場にいる全員が待っている。
松田亜利沙
それにしても背中が熱い。衣装どころか、私まで溶けてしまいそうだ。
松田亜利沙
汗が一筋背中をつたって、流れた。
松田亜利沙
……………
松田亜利沙
事務所に入る前を思い返してみれば、私はけっこうひねくれた性格をしていたと思う。
松田亜利沙
アイドルのデータ集めが好きというのは嘘ではないが、ただ好きだったから続けたわけではない。
松田亜利沙
彼女達と同じ土俵に立つ自信が無かったのだ。アイドルになることにはずっと憧れていたのに。
松田亜利沙
そんな自分から目を背ける為に、アイドル達の情報を集めて満足した気になっていたのだ。
松田亜利沙
でもそれも限界だった。私は自分がアイドルになる事を諦めきれなかった。
松田亜利沙
結局私は事務所に入り、彼女達と肩を並べ競い合うことになった。
松田亜利沙
内側から見てみれば、765プロは正に変人の集まりだった。
松田亜利沙
異常な量のラーメンを食べたり、瞬時に穴を掘ったり、並外れた方向音痴だったり……
松田亜利沙
まさかテレビやラジオで聴いていたことがそのまま起きているとは思わなかった。
松田亜利沙
そして、私と同時期に所属が決まった子達も個性派揃いだった。
松田亜利沙
元子役、帰国子女、残念美人、アーティスト、聖母、茜ちゃん、姫、うどん………
松田亜利沙
こんな濃い人達に囲まれて私なんかが太刀打ちできるわけがない…そう思った。
松田亜利沙
しかし、私が自信喪失していることに気付いた担当プロデューサーは私にこう言った。
松田亜利沙
「濃さで言ったら亜利沙も大概だぞ。」
松田亜利沙
ちょっとショックだった。しかしプロデューサーは続けてこう言った。
松田亜利沙
「こんな濃い人達が全員味方なんだ。これ以上心強いことは無いだろう?」
松田亜利沙
電流に体をつらぬかれたようだった。私は無意識に全員が敵だと思っていたのだ。
松田亜利沙
自分自身を縛っていた思い込みの鎖から解放され、随分気持ちが軽くなった事を覚えている。
松田亜利沙
それからしばらくしてこのライブの事を聞かされ、濃い仲間達と一心にレッスンにはげんだ。
松田亜利沙
ひねくれた性格の私はいなくならないけど、それを置き去りにする程の速度で日々を駆け抜けた。
松田亜利沙
そうして私は今このステージに立っている。本物のアイドルになったのだ。
松田亜利沙
夢で見ていた景色が目の前に広がっている。
松田亜利沙
……………
松田亜利沙
何度も夢で見てきた、私の初めてのソロステージ。
松田亜利沙
夢の中では、いつも曲が始まる直前で目が覚めてしまう。
松田亜利沙
目覚めた私は夢の中の私が何を歌うのか気になって仕方ないのだが、どうしても続きは見られない。
松田亜利沙
でも今は、私は私が何を歌うか知っている。ステージを全うするためにレッスンだってしてきた。
松田亜利沙
あの夢の続きへ。夢の向こう側へ。
松田亜利沙
アラームのような規則的な電子音が聞こえる。もう何回練習したか分からない私の曲のイントロだ。
松田亜利沙
背中はまだ熱いままだ。私は私が溶け出してしまわないように、大きく息を吸い、発声に備えた。
松田亜利沙
そして、第一声を放った。
松田亜利沙
「WAKE UP!!行きますよ!!アイドル道!!」
(台詞数: 42)