松田亜利沙
……お年玉を親御さんに没収されちゃう家は多いそうですが、幸いにも松田家は違いました。
松田亜利沙
小学校五年生、でしたか。お小遣いも貯めてたありさが年始に買ったのは……DVDレコーダー。
松田亜利沙
モチのロン、バンバンアイドルちゃんが出演する番組を録画するためです!
松田亜利沙
歌番組にバラエティ、番宣で出演する朝のニュースまで。容量確保のため、編集が大変でした。
松田亜利沙
その中でも格別なのが、ドラマ!お約束展開の中でこそ、アイドルちゃんの個性が染み出すので!
松田亜利沙
……でもある日、ドラマの中で気になる『女優』さんが出てきて。録画を優先させてました。
松田亜利沙
その『子』は、愛称すももちゃん……フルネームで著すなら、周防桃子ちゃんでした。
周防桃子
「……」
松田亜利沙
ある時は、新人教師のクラスのおしゃまな委員長。ある時は、お弁当作りをする父子家庭の娘役。
松田亜利沙
時代劇では、運命の波に翻弄される儚くも可憐な姫君。次の作品では、また違う姿……
松田亜利沙
……『お約束』をこなす、ドラマの中のアイドルちゃんとは格が違いました。すももちゃんは女優。
松田亜利沙
……ドラマについては、ありさはアイドルちゃんより好きでした。
周防桃子
「……」
松田亜利沙
……『追っかけ』してたから、すぐに気づいたんですよね。ある日からの、すももちゃんの変化に。
松田亜利沙
すももちゃんの演技の中でも、天真爛漫なシーンは『素』だったのに……それも、演技になった事。
松田亜利沙
テレビ雑誌では、「早熟の女優、恐るべき演技力!」とか持て囃されてましたけど……
松田亜利沙
ありさには分からなくなりました。映える『演技』の笑みは……素直な笑顔より、格上なのか。
松田亜利沙
……ドラマに出演するアイドルちゃん達の演技は、正直大体拙いです。棒読み、学芸会レベル。
松田亜利沙
でも、だからこそ楽しい場面の『素の』笑顔、悲しいシーンの『素の』涙は、輝かしい。
松田亜利沙
モチロン、女優さんとアイドルちゃんでは求められてる事が違うのは分かってましたよ。
松田亜利沙
でも、なんと言うか……小さいすももちゃんまで、『女優』にならなくても、とか考えたり。
松田亜利沙
……その内すももちゃんの出演数は減り、たまの出演も病気の役とか、いじめっ子役になりました。
周防桃子
「……」
松田亜利沙
すももちゃんは、消えました。ワイドショーでは何度も、親御さんと所属事務所が揉めた話。
松田亜利沙
後期の出演ドラマは、映像ソフトに成ってないんですよ。当時の所属事務所HPでも記述抹消。
松田亜利沙
その内、『ワガママ姫君』とか、『パンパンの財布を枕に昼寝』とか、悪い噂も流れました。
松田亜利沙
……当時のありさだって、アイドルちゃんが飛び交う芸能界に、暗い雲も浮いてるのは知ってます。
松田亜利沙
だけど……芸能記者の皆さんがしたり顔で、「関係者」の証言を紹介しても……信じたくなかった。
松田亜利沙
アイドルちゃんみたいな人達が、みんな良い子とは言えないけど……
松田亜利沙
最初から悪い子なら、昔だって天真爛漫さは出てなかった……んじゃないか、って……
松田亜利沙
……ともかくも、ありさの心の奥にひっかかって、すももちゃんの事は忘れられませんでした。
松田亜利沙
星の数程アイドルちゃんはデビューし、流れ星みたいにほとんどは消えていく。
松田亜利沙
ありさなら、それを追うので手一杯の筈なのに。アイドルちゃん以外を記憶してるのは奇妙、です。
松田亜利沙
……だから、すももちゃんと再会した日は、心臓バクバク頭グルグルだったんですよ、本当は。
周防桃子
「……周防桃子。松田亜利沙さん、だっけ?よろしくね。」
松田亜利沙
……ワガママで擦れてるって噂のほうが、ありさの思い込みより正しかったのカモ。
松田亜利沙
不覚にもそう思ってしまいました。初めて間近に見る『芸能人』のオーラのせい、でしょうか。
松田亜利沙
……芸能界を見てきたのに、ありさ、ちょっと情けないですよね。
松田亜利沙
育ちゃん達と遊んでるときの屈託のない笑顔。プロデューサーさんに呆れてる愚痴。
松田亜利沙
あれが本当の桃子ちゃんで……桃子ちゃんの大半は、プライベートも含めて『演技』なんですよ。
松田亜利沙
家庭環境の苦しさを耐えるため。それを負いながら、芸能界で生き残るため。
松田亜利沙
負けられないから……そういう一心で、今の「周防桃子」が構成されてる。
松田亜利沙
多分桃子ちゃんセンパイは、この先ずっと芸能界で生きていくんだと思うのですよ。
松田亜利沙
別に、お金の動く芸能界に囚われたとかじゃなくて。桃子ちゃんセンパイの、大事な居場所だから。
松田亜利沙
……凄いドラマを見せてもらったありさが、桃子ちゃんに『お返し』出来ることは何でしょうか。
松田亜利沙
……分かりません。年齢差もある、経験佐もあるありさの出来ることは、知れています。
松田亜利沙
だからせめて、桃子ちゃんと同じアイドルちゃんの時だけでも……ひとりの友達でいたいんです!
周防桃子
……
周防桃子
亜利沙さん、今日もしつこかったんだから。あんなにポンポン話し掛けなくてもいいのに。
周防桃子
……でも、なんでかな。昔から桃子を見ていたお姉ちゃんみたいな感じ。別に、嫌いじゃないよ。
(台詞数: 50)