こども色リップクリーム
BGM
カワラナイモノ
脚本家
nmcA
投稿日時
2017-08-21 00:06:34

脚本家コメント
お願い、あと少しだけ……
リクエストドラマです。
『育の母親目線、そして習い事をしている理由』
多分に想像が含まれておりますが御容赦を。
最後に、この立ち絵を提供いただいた同僚に感謝します。

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中谷育
「明日?ずいぶんと急な話ね」
中谷育
「……そういうこと。良かったじゃない、桃子ちゃんと遊べて」
中谷育
「……はいはい、そうね。お仕事がなくなったんだから良くないもんね。ごめんなさい」
中谷育
「お詫びに明日のお昼はパンケーキにしてあげるから。うん、生クリームもつけてあげる」
中谷育
「大丈夫、ちゃんと買ってあるから。はい、気をつけて帰ってくるのよ」
中谷育
電話を切って、カレンダーに丸を付ける。育のお昼が必要なサインだ。
中谷育
今月に入ってようやく5つ目の丸印。仕事が多いのは育にとって良いことだが、少し寂しくもある。
中谷育
かちりと大きく音を立ててマジックを閉めて、アルバムの山に向き直る。
中谷育
玄関に飾る写真選びにはいつも時間がかかる。今回はどうしようか……。
中谷育
そうだ、せっかく桃子ちゃんが遊びにくるんだし、小さい頃の育の写真なんてどうだろう?
中谷育
例えば、お絵かき教室で絵を表彰されている写真とか、体操教室でメダルをもらっている写真とか。
中谷育
劇団の小人役で観客に手を振る写真もあるが、桃子ちゃん相手だとよくないかな?
中谷育
どれにしようかとアルバムをめくっていくと、ある写真が目に入った。
中谷育
育が保育園に入園したときの写真。
中谷育
ただ、その写真に育の顔は写っていない。私の脚の陰からぴょこりと髪の毛を覗かせているだけだ。
中谷育
今では考えられないが、このころの育は驚くほどの人見知りだった。
中谷育
朝、連れて行ってもなかなか私から離れようとせず、保育園でもうまく友達も作れずにいた。
中谷育
家の中では元気いっぱいの笑顔でおままごとにお絵かきと忙しくしていたのに……。
中谷育
私はアルバムから目を離し、机の端に避けた最近の写真を手に取った。
中谷育
武道館のステージ写真。エレナちゃんとロコちゃんと一緒に顔をほころばせる育。
中谷育
……人見知りが治ればと思って通わせたお絵かき教室が、まさかこんな形になるなんてね。
中谷育
私はあの時の自分をほめるように写真を撫でた。
中谷育
そうだ、この保育園の写真を貼ろう。桃子ちゃんも育にこんな時代があったなんてびっくりだろう。
中谷育
コルクボードの端に保育園の写真を貼り、そこから育が成長していくように写真を並べていく。
中谷育
娘の隣には様々な人が立った。
中谷育
祖父に祖母、学校の友達、お絵かき教室の先生、劇団の先輩達。
中谷育
アイドル活動を始めてからはステージでの写真が増えた。もちろん仲間と一緒の写真もある。
中谷育
桃子ちゃん、環ちゃん、朋花ちゃん、このみちゃんに美奈子ちゃん、真美ちゃんにひなたちゃん。
中谷育
ときには2人で、時には3人で、またある時は大人数で。育はいろんな人と写真を撮った。
中谷育
どの写真の育も色んな表情を見せてくれている。
中谷育
怒った顔、驚いた顔、笑った顔、困った顔、喜びをはじけさせた顔。
中谷育
育はいつの間にか私の知らない顔をたくさんするようになっていた。
中谷育
子どもは親の知らないところで大人になっていくという。
中谷育
育は、まさに大人になる途中なのだ。そして、そのスピードはきっと他の子たちよりも早い。
中谷育
机の上に残された育の小さい頃の写真が目に入る。
中谷育
私の脚にすがることでようやく立っている、太陽のような笑顔を見せる育。
中谷育
この頃の育はもう戻ってこない。
中谷育
だって、もう自分の脚でたくさんの仲間と手をとって歩いているのだから。
中谷育
……
中谷育
……だけど、
中谷育
掛け時計の下、カレンダーにつけられたたった5つの丸印が目に飛び込む。
中谷育
「だけど、もう少しだけ子どもで……」
中谷育
棚の上、ドラッグストアの紙袋に視線を向ける。
中谷育
……分かっている。でも、親なのだからこれぐらいは許されていいはず。
中谷育
玄関のドアが開く音がする。そしてすぐに、小さな足音がこちらへ向かってきた。
中谷育
リビングのドアが開き切るよりも早いただいまの声。私はおかえりと返し、棚の上を指さした。
中谷育
満面の笑顔で紙袋を開ける娘の顔は、中身を見るや否や大輪の花を咲かせる。
中谷育
紙袋の中身はいちごの匂いがするリップクリームだ。ピンク色の、こども色リップクリーム。
中谷育
赤いルージュを引くにはまだ早い。これは私のわがままだ。

(台詞数: 49)