中谷育
雪の音より静かに響く寝息を途切れさせないように、そっと布団をかけ直す。
中谷育
君が急に身をよじる。
中谷育
起こしたかな、と思ったが、ただの寝返りだったようだ。口元から息が漏れ聞こえた。
中谷育
そっと椅子から立ち上がり、改めて君を見下ろす。
中谷育
腕に抱えるは犬のぬいぐるみ。たしか、最初に買ってあげたものだ。
中谷育
枕もとには子豚のぬいぐるみもある。こっちは去年買ったもの。
中谷育
私は足元の袋を開け、ウサギのぬいぐるみをそっと子豚の隣に座らせる。
中谷育
明日の朝、君は新しいお友達を見て、なんと言うのだろう。
中谷育
喜びの声だろうか
中谷育
驚きの声だろうか
中谷育
いや、きっと感謝の声に違いない。
中谷育
そっとドアを閉め、ダイニングに戻り、録画しておいた番組を見る。
中谷育
先輩のアイドルと料理を作る君。
中谷育
自分よりも小さな子とお遊戯をする君。
中谷育
ちょっと背伸びした格好で、でも、自信満々の顔でカメラに映る君。
中谷育
見終わったときには手の中のコーヒーはなみなみと注がれたまま冷めきっていた。
中谷育
階段のきしむ音に振り向く。
中谷育
君ではないことに安堵する。席を立ってコーヒーを二つ入れ直した。
中谷育
……また一つ大人になったわ。
中谷育
私はその言葉に頷き、朝もやのような白い湯気と一緒にコーヒーを飲み込む。
中谷育
……最近ね、コーヒーを飲みたいって言うようになったの。
中谷育
口の中に知らない苦みが広がる。
中谷育
……砂糖をいくつもいくつも入れて。ミルクも勧めたんだけど、でも、それは断って。
中谷育
君はまた、私の知らない君へとなっていく。
中谷育
……聞いてみたわ、なんでコーヒーなのって。そしたら何て言ったと思う?
中谷育
……早くお父さんのコーヒーを飲めるようになりたいからって
中谷育
苦いはずのブラックコーヒーにほんのりと甘味が刺した。
中谷育
……明日も早いんでしょう?あの子の顔、ちゃんと見てあげてね。
中谷育
一人になり、もう一度、録画した番組を見始めた。
中谷育
黄色と黒の衣装を着た君が身体を目いっぱい使って踊っている。
中谷育
マイクを両手で持って、笑顔をはじけさせながら歌っている。
中谷育
君が、
中谷育
君が、もしかしてこの世の中にいないんじゃないかと思うぐらいに輝かしい世界で。
中谷育
二つのカップを洗い、もう一度君の顔を覗きに行く。
中谷育
動物たちが見守るなか、君は相も変わらず静かな寝息を立てている。
中谷育
よく見ると、君の口元が緩んでいる。きっと素敵な夢を見ているんだろう。
中谷育
私はそっと、君の髪をかき上げた。指先から髪がスッと抜けていく。
中谷育
君はギュッと犬のぬいぐるみを抱きしめた。
中谷育
君はまだ夢の中だ。
中谷育
その夢をこの世の中に持ってくる日が来るだろう。
中谷育
その時、私はカップ半分のコーヒーを準備しよう。
中谷育
君は私とコーヒーを飲みたいと言ったそうだ。
中谷育
でも、君の世界に黒く苦いコーヒーは要らない。
中谷育
白く輝く未来を注いでくれ。
中谷育
穏やかな色と香りを見せてくれ。
中谷育
私はもう一度、指で髪の毛をすき、そっと頬に口づけをする。
中谷育
静かな寝息は止まらない。
中谷育
私は、やがて来る朝を待っている。
(台詞数: 48)