中谷育
おなべにためた水の中にたまごを3つころがして、コンロに火をつける。
中谷育
「めだまやきだけじゃなくて、ゆでたまごも作れるようになれば、大人になれるよね!」
中谷育
つかったしおをもどそうとふみ台にのった時、きのうのことを思い出した。
中谷育
「大人に……?」
中谷育
もう一回おなべをのぞきこむ。水はまだグツグツいっていない。
中谷育
きのうの帰り道、ももこちゃんからなんで大人になりたいの?って聞かれた。
中谷育
わたしは、しばらくももこちゃんの言っているいみが分からなくて、ボーっとしちゃってた。
中谷育
だからわたしは、ももこちゃんは大人になりたくないのって聞きかえした。
中谷育
『ももこ?ももこはもう大人だよ?』
中谷育
そうだよね、ももこちゃんならそう答えるよね!
中谷育
ももこちゃんの答えが先に分かっていたから、ちょっと嬉しかった。
中谷育
でも、その時はうれしかったけど、ももこちゃんと分かれてからは、ずっと頭がもやもやしていた。
中谷育
ばんごはんの時も、もやもやは続いた。ねるときももやもやしたままだった。
中谷育
でも、朝おきたら、もやもやはなくなっていた。けど、またもやもやが出てきちゃった。
中谷育
……なんでわたしは大人になりたいんだろう?
中谷育
なべからモクモクと白いゆげが立ち始めた。
中谷育
なべの中をのぞきこむと、あわがたくさん出てはきえていた。
中谷育
『周囲に気を配れる女性のことじゃないかしら』
中谷育
『人への優しさを忘れないことですわ』
中谷育
『常に魅力的であることが重要よ』
中谷育
『何があっても仲間を信じることが出来ること』
中谷育
『楽しいことを楽しいと思えることじゃないかな♪』
中谷育
『楽しいことを楽しいと思えることじゃないかな♪』
中谷育
げきじょうのみんなに大人ってなに?って聞いたら、みんながみんなちがうことを話してくれた。
中谷育
でも、さいごにはみんな同じことを言った。
中谷育
『大人っていいものだよ』って
中谷育
ただ、こうも言われることがあった。
中谷育
『育ちゃんは、そのままでいいんだよ』って……
中谷育
わたしはコンロの火をけした。
中谷育
シンクのざるの上になべのおゆをながしこむと、ゴロンゴロンゴロンとたまごがころがった。
中谷育
じゃぐちをひねって、水をかける。白いゆげがなくなると、たまごをさわってもあつくなくない。
中谷育
ゆでたまごにひびを入れる。たまごのからが少しだけ落ちた。
中谷育
おさけをのんでみたい。
中谷育
せかいじゅうをりょこうしたい。
中谷育
デートも、してみたい。
中谷育
きれいなふくも着てみたい。
中谷育
車もうんてんしてみたい。
中谷育
ほかの人に、ああなりたいって思われたい。
中谷育
気付いたら、シンクの中にゆでたまごのからがいっぱいおちていた。
中谷育
あれ、もしかして、わたしが大人になりたいりゆうって……
中谷育
気をぬいたからだろうか、ゆでたまごのからにあてた親ゆびがすべり、大きな穴が開いてしまった。
中谷育
「……しっぱいしちゃった」
中谷育
親ゆびをぬくと、中からたまごのきみがトロリとながれだした。
中谷育
「ううん、もうしっぱいしない!」
中谷育
穴の開いたゆでたまごにわたしはいきおいよくかぶりついた。
中谷育
口の中に広がったきみはのうこうなあまみだった。
中谷育
みんなはそのままでいいって言ってくれた。
中谷育
これって、今のわたしが良い子だってことだよね?
中谷育
でもね、やっぱりわたしは早く大人になりたいな。
中谷育
だって、みんなやさしくて、つよくて、かっこいいんだもの。
(台詞数: 50)