
如月千早
(歌い始め。ここは一音一音、おざなりにしないで。でも、高らかに、伸びやかに。)

如月千早
(そのままメロディを途切れさせないで。集中を、糸を切らすな。)

如月千早
(Bメロ。ここで力を込め始める。)

如月千早
(聴く人を、物語の展開に惹き付けられるように、強く。強く。強く。)

如月千早
(…今だ、解き放て…!!)

如月千早
─すっ、とブレスを挟んだ、その時だった。

如月千早
─私の歌のスピードなど意に介さない、ぱん。ぱん。という拍手が割り込んできた。

如月千早
誰っ!?

如月千早
─歌の勢いと邪魔が入った苛立ちとで、思わず声が荒らぐ。

如月千早
─拍手の主は、長身痩躯の男性だった。金色の髪を揺らしながらこちらに来る。

如月千早
…どちら様、ですか?

如月千早
─構わず、と言うか私の声が聞こえているのかいないのか、ゆらゆらと。

如月千早
─金色の空気の男性は、遠慮というものを一切知らない足取りで、私の前に立った。

如月千早
─まだ生き急ぐには早いよ。

如月千早
っ!?

如月千早
…何の、ことですか?先の歌の感想でしょうか?

如月千早
─誰かのために、何かのために。それはとても美しい。

如月千早
あの、人の話を聞いて…、

如月千早
─しかしそれは音楽だろうか?芸術だろうか?

如月千早
─君の口はひとつで、君の耳は一対だ。それを持つ、君の身体もひとつ。

如月千早
─全てをその身に背負って芸術を為すことは、とても悲しい美徳ではないだろうか?

如月千早
─そんな悲しいものは、歌だと思うかい?

如月千早
………。

如月千早
─そんな君に言葉の翼をあげるよ。先人のミューズが遺した、シンプルな一言さ。

如月千早
─それは、軽やかな耳ざわりのイタリア語。

如月千早
─歩くように、という意味の演奏記号。

如月千早
貴方は、一体…?

如月千早
─あぁ、麗か。うん、今行く。うん。それじゃあまた。

如月千早
─そう言い残して、金色の彼はふらりと去っていった。

如月千早
(また、って…会うことなどないと思うのだけど…。)

如月千早
………。

如月千早
…歩こう、か。
(台詞数: 32)