霜雪
BGM
Snow White
脚本家
mayoi
投稿日時
2014-11-23 22:01:45

脚本家コメント
作中では著者は寡黙であるべきだなと、ふと思ったので。

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如月千早
雪の降りしきる道を歩いた。
如月千早
頭だけがやけに熱かった。あごが上がり、白い息が目の前を過ぎる。
如月千早
どうしてここに居るのかは分からなかったが、ただ進まなければならない気がした。
如月千早
かじかむ指先をかばい、前へ、前へ。
如月千早
繋ぐ手を無くしたことは遥か後ろの出来事のはずなのに、振り返ればいつもそこにあって。
如月千早
忘れない、ということ。
如月千早
それは果たして正しいのだろうか。
如月千早
取り返しのつかない過去に苛まれ、囚われることが。
如月千早
限りある、終わったはずの命を永遠の存在にすり替えて、自らの傷を癒すことを放棄して。
如月千早
それは正しいことなのかという問いに、答えを見いだせずにいる。
如月千早
気付くと、白い猫がいた。
如月千早
雪景色によく溶け込んでいて、目を離せば消えてしまいそうで。
如月千早
その柔らかな毛を抱き締めたい衝動に駆られ、半歩を踏み出す。
如月千早
瞬間、猫はびくりと身を震わせて私を見つめる。警戒心に満ちた目。
如月千早
私はその目から瞳を離せなくなる。すうっと、頭の熱が奪われる。
如月千早
同じ目だった。あの日からずっと私の中にある、それと。
如月千早
ならば繰り返すべきではないのだろう。
如月千早
踵を返す私の背に、猫の視線が張り付く感覚が消えなかった。
如月千早
道は果てしなく続く。
如月千早
赤い雪がひとつ、私の頬に触れた。
如月千早
それは赤いしずくとなって滴り落ち、純白の大地を染める。
如月千早
そして気付く。これは罰なのだと。
如月千早
自分が憎かった。
如月千早
何もできなかった、幼い自分が。ただぼんやりと眺めていた自分が。
如月千早
眼前に細やかな光の粒が舞い降りる。
如月千早
私はきっと、罰せられるのを待ち続けていた。
如月千早
だからその光に手を伸ばし。
如月千早
確かに、触れた。
如月千早
ああ。その柔らかな髪の感触。一瞬たりとも忘れたことなどない。
如月千早
そしてこれからも、決して忘れ得ぬもの。私を焦がすその光彩が、口を開く。
如月千早
――いいんだよ。
如月千早
……違う。
如月千早
そんな言葉を聞きたかった訳じゃない。
如月千早
私は赦せなかったのだ。
如月千早
貴方を救えなかった罪を罰してほしくて、その為だけに。
如月千早
――もう、いいんだよ。
如月千早
反駁しようとする私を制し、ただ優しい声で、そう繰り返して。
如月千早
光は雪原の煌めきに紛れて消えていった。
如月千早
押し留めようとした私の手は、空を掻くばかりで。
如月千早
光の行方を辿って遥かな空を仰ぎ、息を飲む。
如月千早
そこにある無数の耀き、そのひとつひとつが答えだった。
如月千早
開いたままの私の手に降り、溶けていく細雪。
如月千早
今はただ、その一粒で前を向こう。
如月千早
戒めに背くとき、私たちは罪を償わなくてはならない。
如月千早
それでも自分自身を騙し、その償い方すら知らない、愚かな私たち。
如月千早
熱が雪を溶かし、小川となる。その清らかなほとりで新たな芽が顔を出す。
如月千早
ならば今は偽物の日溜まりでいい。体温なんかくれてやる。
如月千早
この道の遥か先でそれを真実に変えるのが、私なりの償いだ。
如月千早
雪の軌条は続く。
如月千早
私はふたたび歩き出した。

(台詞数: 50)