天空橋朋花
……朋花ちゃん、今から『聖母と呼ばれた女の子 』を朗読しますね〜
天空橋朋花
私は古ぼけた絵本を開く、何百回と読んだ本だ、今更本を開かなくても内容は全て記憶している
天空橋朋花
しかし、私は何かあればこの本を開いて音読するようにしている、この絵本が私の原点だから……
天空橋朋花
両親は、正直言って娘にとても甘かった。私が欲しいと言えば何でもくれたし、行きたい所に行けた
天空橋朋花
そんな私のお気に入りは一冊の絵本、まだ文字の読めなかった私は度々読んで貰っていた。
天空橋朋花
内容はある聖者のお話、彼女はどんな苦境にあっても信仰を忘れず、隣人を愛し続けた……
天空橋朋花
やがて、彼女は多くの人から自分が愛したように愛され、亡くなった後は聖母と呼ばれる事になる…
天空橋朋花
言ってしまえば子供向けに信仰を説いた中身の薄い物語。でも、私はそれが大好きだった……
天空橋朋花
私がその話の彼女をマネして聖母と名乗った時、両親や回りの大人は面白半分で乗ってくれた
天空橋朋花
しゃがまなければ目を合わせられないような小さな子に跪き、崇め始めたのだ……
天空橋朋花
今思えば小さな子をちやほやする延長でしか無かったが、私は本当に聖母になったと思っていた……
天空橋朋花
皆が私を崇めて当然、私が世界の中心にある……多分、どんなわがままを言っても聞いてくれる……
天空橋朋花
でも、私はそうしなかった……ミサで騒ぐ事も、教会に来た子の物を盗る事も許されたのに……
天空橋朋花
それは、わがままをしたいと思うと絵本の一節が頭に思い浮かぶからだ
天空橋朋花
『彼女は辛い下働きの毎日でも笑顔をわすれず、決して文句やわがままを言いませんでした』……
天空橋朋花
……後に聖母になる彼女がそうなのだ、ならば既に聖母である私がわがままを言う等許されない。
天空橋朋花
今思えば思い込みが強かったのだろう、聖母ごっこに留まらず、本当に聖母であろうとしていた……
天空橋朋花
決しでわがままをいわず、崇める大人を慈しむ……その内に、身内以外で崇める人が出てきた
天空橋朋花
身内以外だと勿論意地の悪い人もいたけれど、そこで怒らず慈しむ事で大概の人は感服する……
天空橋朋花
とても気持ちが良かった、私は選ばれた聖母で、皆が私を崇める物だと勝手に思っていた……
天空橋朋花
幼稚園に通うようになっても、小学校に通うようになってもそうだった……
天空橋朋花
ただ、人付き合いが増えるとどうしても私と相性が合わない人が出てくる……
天空橋朋花
始めてそんな人と出会った時は、怒りで思わず怒鳴り散らしてしまった、最初で恐らく最後の激昂だ
天空橋朋花
でも、私はすぐに恥じ入った、絵本の聖母は決して激昂などしなかったから……
天空橋朋花
私はその場で謝罪し、家に帰ってから読まなくなって久しい絵本を開いた
天空橋朋花
一文字残らず覚えていたはずの絵本だが、改めて開くとうろ覚えになっていた事に気づく……
天空橋朋花
それ以来、私は聖母らしくない考えをした時は改めて絵本を読み直す事にしている。
天空橋朋花
両親は今でも私に甘い、二人に聞けば何を相談しても私を全肯定してくれるだろう
天空橋朋花
それは子豚ちゃんも同じ事、私が聖母に相応しい振る舞いをする限り、私を否定する事は無いだろう
天空橋朋花
ならば、私が聖母に相応しいかどうかを判断できるのは私しかいない……その基準がこの絵本
天空橋朋花
この絵本は私の憧れであり、私の規範……聖書の様な物と言うと失礼だが、それ位大事な物だ……
天空橋朋花
さて、私が今日絵本を開いたのはお昼時にふと頭によぎった事が忘れられないから……
天空橋朋花
『いつまで絵本のお姫様を気取っているつもりですか?』そう、私の中の冷めた私が言ったのだ。
天空橋朋花
この考えは危険だ、忘れよう……そう考えれば考える程考えは私を蝕んで行く……
天空橋朋花
私は自分が数多の人に慈愛を与える聖母だと信じている、昔からそうだし、今もそうだ……
天空橋朋花
いや、今の私は自分が聖母なのか疑っているのだろう……再確認したのが何よりの証拠だ
天空橋朋花
自分で信じられない事が人を動かせる筈も無い、疑いが確信に変われば聖母の私は死ぬ……
天空橋朋花
残るのは女王様気取りの小娘と付き従うバカの集団……そんな考えを認める訳には行かない
天空橋朋花
だから私は絵本を開く、私が聖母であるために、子豚ちゃんが幸せ者であり続けるために……
天空橋朋花
『こうして、天に召された彼女は人々から聖母と呼ばれるようになりました…おしまい』
天空橋朋花
彼女も信仰が揺らぐ時はあったんですね〜、でも、周りの人が支えてくれて信仰は崩れなかった……
天空橋朋花
私にとってその役目を果たすのは……やはり子豚ちゃん達ですね〜
天空橋朋花
自分が愛したように人に愛される……なら、子豚ちゃんを見れば私の在り方がわかる筈ですね〜……
天空橋朋花
よし、明日は疑ったお詫びもかねていつも以上に愛しましょう〜……
天空橋朋花
鰯の頭も信心から、絵本の中の聖母様も私が信じれば本物になるんですよ〜
天空橋朋花
……疑いが綺麗に消え去った訳では無い、冷めた私の声は今も小さく響いている。
天空橋朋花
でも、不安は大きく薄れた……私のあるべき姿を再確認できたから。
天空橋朋花
私は聖母、絵本の聖母に憧れ、周りの人に愛を与える聖母であろうとしている者。
天空橋朋花
絵本のお姫様気取りと言うならそれでも良い、それが私の憧れであり、唯一の在り方だから……
(台詞数: 49)