馬場このみ
「君だけの欠片」の後奏が会場へ広がり消えていくのに合わせ、エミリーちゃんが頭を下げる。
馬場このみ
エミリーちゃんが両手でマイクを持ったままゆっくり顔を上げるとスネアドラムの音が鳴り響いた。
エミリー
「さぁ、本日限りの特別な演目です。流れている音楽で、もうお分かりですね。どうぞ!」
木下ひなた
「みなさん、こんにちは!木下ひなたです!よろしくねぇ!」
エミリー
「それではエミリー・スチュアートと」
木下ひなた
「木下ひなたで」
木下ひなた
「「りんごのマーチ!」」
馬場このみ
息の合ったMCを前奏でまとめ上げ、2人は定位置につく。
木下ひなた
『晴れた空見上げ 大きく息を吸った』
エミリー
『イチニチの始まり 太陽にお辞儀をするの』
馬場このみ
ひなたちゃんの出演が決まってからそんなに時間はなかった。
馬場このみ
それでもぴったりと息の合ったステージになるのは、2人が築いてきた関係がなせる業なのだろう。
木下ひなた
『春になると白い花がそっと開き』
エミリー
『夏になると真っ赤な命が実る』
木下ひなた
――「私ね、分かったの」
馬場このみ
ステージに立つ前、ひなたちゃんは自らの決意を語ってくれた。
木下ひなた
「エミリーちゃんが私の悩みは私じゃなければ抱えなかったっていうのは、私が正直だからだよね」
木下ひなた
「私、それを大事にしたい!ファンの人もそういうところを好きでいてくれていると思うから」
馬場このみ
私は大きくうなずいて、ひなたちゃんに聞きかえす。
馬場このみ
「それじゃあ、曲のあとのMCで」
馬場このみ
ひなたちゃんは、首を横に振った。
木下ひなた
「あのね、ひとつ、わがままを聞いてほしいんだ」
木下ひなた
――『春と夏と秋と冬と季節は巡り ほんのちょっと近付く 新しい私』
馬場このみ
曲が終わりに近づく。曲の後はMC。でも、何も心配することはない。
エミリー
『足あと残してこう』
木下ひなた
『ほらきみと』
馬場このみ
お互いにその場で足踏みをし、曲の終わりとともに鏡のように同じポーズをとる。
馬場このみ
会場から拍手が起こる。2人は目と目で笑いあった。
エミリー
「りんごのマーチでした!それではひなたさん、改めて自己紹介をお願いします。」
木下ひなた
「うん!」
馬場このみ
ひなたちゃんが口を開く。
木下ひなた
「こんにちは、木下ひなたです。今日はエミリーちゃんのステージに出られてなまら嬉しいべさ!」
馬場このみ
エミリーちゃんが眉毛をピクリと動かしてちらりとこちらを見る。私は口パクで続けてと指示する。
木下ひなた
「エミリーちゃんの歌やダンスが見れなくなんのは寂しいけども、みんな待っててくれるよねぇ?」
馬場このみ
ひなたちゃんの質問に会場は大きな声援で応える。
木下ひなた
――「私、方言も続けていきたいの」
馬場このみ
ひなたちゃんが話を続ける。
木下ひなた
「私はファンをがっかりさせたくない……ううん、喜んで欲しい!」
木下ひなた
「だって、私の方言を好きでいてくれているんだから」
木下ひなた
「だから、私の方言はファンの人たちを喜ばせるためにこれからも使っていきたい!」
馬場このみ
「でも、さっき、正直さを大事にするって。……まさか、わがままって」
木下ひなた
ひなたちゃんは小さくうなずく。
木下ひなた
「だから……何とか方法はないかな?両方を叶えられる方法」
馬場このみ
ステージに目を映す。
木下ひなた
ひなたちゃんがファンの声援をたくさん受けて、その笑顔を輝かせている。
馬場このみ
とりあえず、私に任せないといって今日は方言でMCするように言った。
馬場このみ
方言を使いつつ、ウソつきにならないように標準語が使えることをファンに伝える……
馬場このみ
……私は一つ息をついた。
馬場このみ
ひなたちゃんのために何をすればいいか、それはいったん置いておこう。今はこの言葉を贈りたい。
馬場このみ
「ひなたちゃん、よくできました!」
(台詞数: 50)