木下ひなた
「最初に私の言葉が変わっていることに気づいたのは、家族だったの」
木下ひなた
「『ひなたも東京の言葉になったなぁ』って。でも、その時はまだ充分に訛ってたと思う」
木下ひなた
「でも、ちょっと嬉しかったんだ。私も都会の人間になるんだなって」
木下ひなた
「いつか莉緒さんやこのみさんみたいに東京の言葉をすらすらしゃべれるようになるんだなって」
エミリー
「そういえば、仕掛け人様も莉緒さんも西の方の御出身でしたね」
馬場このみ
「ええ、私たちはアイドルになる前からこっちに来てたから言葉はある程度ね」
木下ひなた
「言葉が東京の人になったら、2人みたいに素敵な大人にもなれるんだろうなって思っていたんだ」
馬場このみ
「そ、それで気になり始めたのはいつごろからなの」
馬場このみ
声を上ずらせながら、ひなたちゃんに話を進めさせる。
木下ひなた
「……去年の今ごろからかな。あの仕事が始まってからだったから」
エミリー
「あの仕事……ですか?」
木下ひなた
「うん。エミリーちゃんとも行ったことあるよ。老人ホームのお仕事覚えてる?」
馬場このみ
「老人ホームって言うと……ちょっと前に握手会をやったアレのこと?定期的にやっているのよね」
馬場このみ
ひなたちゃんはこくりと頷いた。
木下ひなた
「プロデューサー、えっと、今のチーフだけど、私にぴったりだからって持ってきてくれたの」
エミリー
「それは私も分かります」
エミリー
「おじいさん、おばあさんがひなたさんを見る目はなんというか慈愛に満ちていますから」
馬場このみ
「ええ、この前の握手会の時も同じだったわ。でも、どうしてそれが?」
木下ひなた
「……安心する、ホッとするって言われるんだ。私の言葉に」
馬場このみ
「それは昔から、私がいた5年前にも言われていたでしょ?」
木下ひなた
「そうだよ。でもね、ばあちゃんたちはね、それだけじゃないんだ」
木下ひなた
「しわくちゃの手でぎゅっと私の手を握って……目に涙を浮かべて……」
木下ひなた
「ガラガラの声で絞り出すように、『ありがとねぇ、ありがとねぇ』って……」
馬場このみ
そして、そのあとに言葉をほめられるというわけか。
木下ひなた
「……がっかりさせたくない。ばあちゃんたちに笑顔でいて欲しい」
木下ひなた
「だから、方言で喋っていなくちゃって。東京の言葉を喋ってる場合じゃないって」
木下ひなた
「初めは良かったの。東京の言葉なんて全然でなかったから」
木下ひなた
「でも、だんだんと東京の言葉に慣れてきて、ふとした時に釣られそうになって……」
木下ひなた
「だから、ライブ前には録音した自分の声を聞いて、自分の言葉をチェックして」
木下ひなた
「そんな時に気付いたの。『あれ?もしかして私、みんなにウソついているんじゃ』って」
馬場このみ
「それからね、『正直だ』って言われると心が痛んだのは」
木下ひなた
「……みんながそう言ってくれること。これは本当に嬉しいことなんだ」
木下ひなた
「でも、言われるたびにね、違うんだよって。私の方言は……演技なんだよ。ウソなんだって……」
木下ひなた
「私は……みんなが言うような純粋でも純朴でも正直でもないんだよって……」
馬場このみ
スカートのすそを握り締めるひなたちゃんの言葉は段々と弱くなる。
馬場このみ
「……ひなたちゃんは、どうしたいの?」
木下ひなた
「どう……したいのかなぁ」
エミリー
「……正直に話しましょう」
木下ひなた
「……エミリーちゃん?」
エミリー
「ひなたさんのことを応援してくれている御贔屓様方です。分かってくださいます」
エミリー
「私の時のように」
木下ひなた
「……っ!」
馬場このみ
ひなたちゃんの顔にハッとした表情が浮かぶ。エミリーちゃんの時とはいったい……?
エミリー
「仕掛け人様?今度の私の舞台にひなたさんの出演を許可いただけますか?」
馬場このみ
「え?い、いいけど……。そのステージは大学受験前、最後のステージよ?」
エミリー
「大丈夫です。ひなたさん、今度は私がお助けする番です。あの時の恩を返させてください」
木下ひなた
「う、うん……」
馬場このみ
ひなたちゃんの戸惑いの混じった返事を聞くと、エミリーちゃんは事務所から出て行った。
馬場このみ
ひなたちゃんは事務所のソファーの前で変わらず俯き立ちすくんでいる。
馬場このみ
エミリーちゃんは恩返しと言っていた。いったい何をするつもりなのだろう……
(台詞数: 50)