桜花集19:朧夜幻譚
BGM
月のほとりで
脚本家
concentration
投稿日時
2016-05-02 18:45:53

脚本家コメント
リレードラマ「桜花集」、19作目。
古い車を大事に乗ってると、妖精が憑くんです。
………本当だよ?
前作、相対性うどんちゃんの身に滲みる作品は
http://imas.greeーapps.net/app/index.php/short_story/info/uid/500000000000046528/seq/155?use_iframe=false
次作はみんなのお姉様、真理さんの出番ですよ!

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福田のり子
県道から外れた旧街道は外灯も疎らで、朧夜の月明かりが無ければ周囲も見渡せない程に暗く、
福田のり子
道行く車は私以外に有る筈もなく、自車の低いエンジン音だけが、漆黒に吸い込まれていく。
福田のり子
単調な道程と仕事疲れが眠気を吸い寄せ始め、これはいかんと車を減速し、路肩へ寄せる。
福田のり子
眠気覚ましにコーヒーでもと自販機を探すが、そんな気の利いた物は影も見当たらない。
福田のり子
傍の外灯に照らされて、闇の中にぼうっと浮かび上がる一本桜が、その花の殆どを散らせ、
福田のり子
目の前にそっと、立っているだけ。
福田のり子
はぁ、と大きく溜息を吐き、せめて夜風で目を覚まそうと、幌を畳もうと車を降りると、
福田のり子
寒っ! 望外に冷たい風が、肌に擦れる。
福田のり子
運転席に戻り、シートに身を投げ、もう一度深い溜息を吐くと、
福田のり子
車のアイドリング音がまるで心配するかの様に、寂しげに唸る。
福田のり子
ラジオから流れる、マイケル・スタイプの皴枯れた歌声。
福田のり子
学生時代に、飽きるほど繰り返し聴いた。それはほんの数ヶ月前の事なのに、
福田のり子
それは二度と戻れない、遠い昔の事。
福田のり子
そして今、朝から晩まで連日の14時間労働。
福田のり子
上司の浴びせる罵倒、回らぬ頭に冷や水をかけるクレームの電話、
福田のり子
来る日も来る日も、僅かな生産の為の膨大な浪費。
福田のり子
………静寂に滲みる、ピアノの旋律、ヴァイオリンの調べ、六弦の響き。
福田のり子
胸からすうっと、何かが抜け落ちる。
福田のり子
不意に、双眸から溢れる涙。
福田のり子
車のエンジンを切ると、
福田のり子
遠くに聞こえる、蛙の合唱、水のせせらぎ、梟の夜吼え。
エミリー
「初めてこの国に来たのは」
福田のり子
突然、助手席から掛けられた声。
エミリー
「丁度今頃、春の半ばの頃でした。」
エミリー
「初めての土地、見知らぬ人達、聞き慣れない言葉、全てが心細かったのを憶えてます。」
エミリー
「不安な心を抱えながらも、走ることが私の使命。導かれるままに訪れた土地で」
エミリー
「美しい景観、人々の温かさ、心地よい風を全身に受けながら」
エミリー
「勿論、良い事ばかりではありません。怖い思いをしたり、痛い目に遭った事もありました。」
エミリー
「心無い仕打ちを受けたことも、二度三度ではありません。」
福田のり子
手で頬を拭い、
福田のり子
「………君はいつも、都合良く現れるねえ。」
エミリー
少女はクスリと悪戯っぽく笑い、
エミリー
「この季節になると、いつも思い出します。」
エミリー
「辛かったこと、楽しかったこと、悲しかったこと、全て。」
エミリー
「花が散ると共に過ぎ行き、また、新しい出会いが訪れる。」
エミリー
「その度に、幸せに思います。この国に来て、沢山の方々と出会い、沢山の思い出を頂き」
エミリー
「そして、あなたと出会えた事を。」
エミリー
わたしは
エミリー
あなたの
エミリー
そばにいるよ
福田のり子
不意に襲った風が、地に伏せた花弁を巻き上げ、
福田のり子
忽ち夜空は、桜吹雪に覆われる。
福田のり子
徐々に風は弱まり、またゆっくりと、ひらひらと、舞い落ちる花弁。
福田のり子
キーを回してエンジンを始動させ、助手席に目を遣ると、
エミリー
空のシートに、ひとひら。
エミリー
車の振動が、 楽しそうに、 桜色を揺らせていた。

(台詞数: 46)