エミリー
―滑走路を浮き上がらせるライトが差し込んできて、眼前の少女の頬を薄青く染めていた。
エミリー
―黄金の髪を湛えるその娘は、エミリー。俺の担当アイドルだ。
エミリー
―今期のキャラバンを締め括る、空港での大型ライブ。メインを張るのは特別機の朋花だが……
エミリー
―彼女達を迎え入れるオープニング担当の地上班。そのトリを任せたのが、このエミリーだ。
エミリー
「……」
エミリー
―『エミリー、……寂しいのか?』
エミリー
―本番直前のアイドルに掛けるとは思えない言葉だ。テンション管理は、仕掛け人の務めなのにな。
エミリー
―頬の青さは外からだけでなく、エミリーの内側からも零れてる……気がした、から。
エミリー
「……いえ、そんなことはありません、仕掛け人さま。緊張はしていますけど、」
エミリー
「これから多くのごヒイキさまに会えるのですから。嬉しさが一番です。」
エミリー
―余計なことを呟いて、エミリーに気を遣わせてしまったようだ。我ながら情けない。
エミリー
「……」
エミリー
「……申し訳ありません、仕掛け人さま。私、少し嘘を吐いてしまいました。」
エミリー
「はい。寂しさも……感じています。こうして空港の灯りを見ると、離郷の日を思い出します。」
エミリー
「故郷の親類や友達との名残も尽きぬまま、父母と共に飛行機に載りました。」
エミリー
「離陸のその時までみなさんの姿を見ようとしたのですか……私達の出発は夕方で。」
エミリー
「機内の私からは、滑走路や建家の灯りしか、見えませんでした。」
エミリー
―『友達たちはエミリーの飛行機を見守った筈なのに。エミリーはその視線に応えられなかった。』
エミリー
―『その事が、寂しかったと思い起こしてしまった……のか?』
エミリー
「……いえ、それも少しあるのですが……」
エミリー
「私の故郷と、この日本では、ちょうど昼夜が反対になるくらいです。」
エミリー
「夕刻こうして公演を行う私と……未明に夢の中で微睡んでいる故郷のみなさん。」
エミリー
「同じ星に生きているのに、私と故郷のみなさんとは、同じ刻を共有していない。」
エミリー
「故郷を想って歌っても、それが聞かれる事は無い、と思うと……少し、心寂しいです。」
エミリー
―『……』
エミリー
「逢わぬうちに縁は薄れるもの。故郷のみなさんも、私の事は忘れているかも、ですが……」
エミリー
―少し顔を反らしたエミリーの頬には、今は何の光りも当たっていない。
エミリー
―黄昏時。誰も照らし出さない影。皆に突き放されたかのような、静けさ。
エミリー
―……
エミリー
―『エミリー。……少し勘違いしてるぞ。』
エミリー
「……仕掛け人さま?」
エミリー
―『アイドルは……エミリーが目指す大和撫子は、誰かに見られないと咲き誇らないのか?』
エミリー
―『自ずから輝く灯火。独りでも凛と咲く一輪の花。アイドルは、そういうものの筈だ。』
エミリー
「その『心』は……どういう意味でしょうか。」
エミリー
―『エミリー。アイドルは、誰かに想われてるから活動するんじゃない。』
エミリー
―『アイドルがみんなのことを想い……伝えたい気持ちを届けていくんだ。』
エミリー
―『アイドルの、強くて温かくて優しくて清くて貴くて美しい心が有るから、歌やダンスは響く。』
エミリー
―『歓声を上げてくれる人だけでなく、ただ聞き流す人にも……アイドルの想いは染みていく。』
エミリー
―『少なくとも俺は……そう信じてる。』
エミリー
「故郷のみなさんがどう在るかより……ひたすらに、私が大和撫子に邁進するのが大事、ですか?」
エミリー
『……そうだ。それとエミリー。……もうひとつ勘違いしてる。』
エミリー
「……」
エミリー
―『確かにエミリーと故郷の友達は、同じ時間を共有していないのかもしれない。』
エミリー
―『だけどな。歌や声は、ひとつの空を駆け巡って、時間を経てから遠くに届く!』
エミリー
―『目前のお客さんに一生懸命歌を届ければ……いつかきっと、故郷にも伝わるんじゃないか?』
エミリー
「!」
エミリー
「はい!私、今日もこれからも励みます!……故郷のみなさんの心に応えるためにも。」
エミリー
―エミリーの出番が近づく。臨時の楽屋を出て、ステージへ歩んでいく。
エミリー
―舞台裏のエミリーを彩るのは、滑走路の赤と白、微かな青の光り。混ざりあって……撫子色。
エミリー
―エミリーに相応しい、希望の輝き。俺はエミリーを見守り……これからの成功を信じていた。
(台詞数: 50)