冠の代わり【前編】
BGM
秘密のメモリーズ
脚本家
Կիշիրա
投稿日時
2017-05-09 00:39:04

脚本家コメント
平沢さんと二人三脚で書きました。
わたしにとっても久々のリレードラマで、かなり綿密に打ち合わせを行いました。GWは平沢さんとチャットしてた記憶しかありません笑
タイトルの意味は後編で明らかになります。

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北沢志保
いつだって今を生きている。
北沢志保
一見前向きな言葉に聞こえるかもしれないが……いや、実際そうかもしれないが。
北沢志保
少なくとも、ここで私が言う意味は全く前など向いていない。
北沢志保
例えば「今」というものがあって、その前と後ろに未来と過去があったとして。
北沢志保
そして今の時点で私は過去をすべて知っていて、未来だって少しは窺えるはずなのに。
北沢志保
それでも私は今しか知らない動物のように、それらを無視してしまうのだ。
北沢志保
あの時も、もう随分前になるあの時もそうだった。
北沢志保
今の私ならしないようなことを、言わないようなことを、言ってしまった。
北沢志保
あの時は、こんなことになるなんて思わなかったし、その前のことも、何も見ていなかった。
北沢志保
……
北沢志保
その日は……その、
北沢志保
色々あって。
北沢志保
私はここにいるはずのない時間にここにいて、ここにいるはずのない彼女が追いかけてきていた。
矢吹可奈
「志保ちゃーん!」
北沢志保
この時は特に会いたくない顔だったので、ずっとそこに隠れていた。
北沢志保
ここは本当に一人でいる気がして、心地よかった。
矢吹可奈
「志保ちゃーん!いたら返事してー!」
北沢志保
少し落ち着こうとして、目を瞑って体ごと後ろにもたれた。石の温度がとても気持ちよく……
矢吹可奈
「志保ちゃーん!あずささーん!」
北沢志保
いつの間にか迷子増えてるし。
矢吹可奈
「あ!ここにいた!やっと見つけた」
北沢志保
「……どうしてここが分かったの?」
矢吹可奈
「えっと、私も嫌なことがあったときとか、ここで隠れてるからさ」
北沢志保
……
矢吹可奈
「あ、……あのさ。ここって良いよね。なんか世界に一人しかいないって感じでさ!」
北沢志保
「別に、そういうんじゃないから」
矢吹可奈
「そ、それに!寝そべったらひんやりして気持ちいいし……」
北沢志保
「何しに来たの?」
北沢志保
何しに来たのかなんて分かっていた。こんなことしか言えなかった。
北沢志保
これを過去として見ることが出来る今なら、そうしないと守れなかったからだとわかる。
矢吹可奈
「えへへ……」
北沢志保
近い距離に腰を下ろした彼女は、私と対照的に笑っていて。
北沢志保
「何?」
矢吹可奈
「前も、こんなことあったよね」
北沢志保
……その時は立場が逆だった。私は笑っていなかった。
矢吹可奈
「だから、あの時の志保ちゃんの気持ちも、こんなんだったのかなって」
北沢志保
それは、あの時のあなたが、今の私と同じということ?
北沢志保
逆の立場だった私は、逆の立場だったこの子に、とてもひどい事を言った記憶がある。
北沢志保
それは今を知らなかったからだ。いずれ逆の立場になるなんて知らなかったからだ。
北沢志保
私が彼女の足を引っ張るなんて知らなかったから。私のほうが……
北沢志保
子供だったなんて、知らなかったからだ。
矢吹可奈
「だから今の志保ちゃんの気持ちも、たぶんちょっと分かるよ」
北沢志保
!!!
北沢志保
そんな事を言われて、もう止められなかった。私の口はまた勝手に動いてしまう。
北沢志保
昔の事も、なぜこんなことになったのかも忘れて。私はまだ知らなかったからだ。
北沢志保
彼女が今後自分にとってどんな存在になるのかも、どんな言葉をかけなければならないかも、
北沢志保
平成の次の元号も、この右腕にとりついたイソギンチャクの亡霊を自称する男の正体も、
北沢志保
四六時中私を付け狙うこたつ布団の驚くべき壮絶な半生も、私の服に巻き付いた海苔の生産地も、
北沢志保
この世界が光に包まれた本当の意味も、ドラマシアターがいつまで経ってもβなわけも……
北沢志保
後編で明らかになるそれらすべての事を、私はまだ何も知らなかったからだ。

(台詞数: 50)