北沢志保
「確かに、今月中に返してとは言ったけど」
北沢志保
目の前には友人の頭。顔は見えない。
北沢志保
でも、どんな表情をしているか想像はできる。それぐらいの付き合いだ。
北沢志保
たあし、分からないことだってある。今、目の前に渡された絵本がまさにそれだ。
北沢志保
「どうして新品なの?」
北沢志保
オレンジ色のつむじが、髪をぴょこぴょこさせながら喋る。
北沢志保
『あのー、ちょっと油断したら、最後の方のページにシミができちゃって……』
北沢志保
「シミ?」
北沢志保
『うん、だから、弁償と思って新しい本を買ってきたんだけど』
北沢志保
……つむじが少し震えてる。
北沢志保
記憶をさかのぼる必要もない。確かあの本の最後には私が小さい頃につけたシミがあったはずだ。
北沢志保
反省させるために黙っておいてもいいが……
北沢志保
「大丈夫よ。元からあの本にはシミがついていたんだから」
北沢志保
見慣れぬつむじが見慣れた顔に切り替わる。まったく、もう。
北沢志保
『そういえば、この本って、できてから40年目らしいよ』
北沢志保
それは知らなかった。古い絵本であるとは思っていたが。
北沢志保
『えへへ、だからタイトルも100万回じゃなくて、4,000万回だね!』
北沢志保
「それは違うわ」
北沢志保
間髪入れずに出た声に、可奈が縮こまった表情を見せる。
北沢志保
小さく息をついてまずは可奈にあやまる。
北沢志保
「この本はただ40年間読まれたわけじゃない。40年間にたくさんの人に読まれた本なの」
北沢志保
「だから……単純に40倍するのは、少し違うと思うし、何より」
北沢志保
そう、何より、まとめられては……
北沢志保
『猫さんがかわいそう?』
北沢志保
今度は私が驚いた。
北沢志保
「どうして……?」
北沢志保
『志保ちゃんならそう答えそうだなって。志保ちゃんのし~は優しいのし~♪』
北沢志保
……この子には敵わないなとたびたび思わされる。
北沢志保
本の中の猫さんは、100万回目で本当の愛を知った。
北沢志保
ここにきての私は、愛ではないが、そして初めてではないが、改めて仲間を知ったと思う。
北沢志保
『志保ちゃんのほ~は、ホームランのほ~♪』
北沢志保
「可奈、明日でいいから私が貸したほうの絵本を持ってきて」
北沢志保
『はれっ!?この新しいのじゃダメ』
北沢志保
「それは……事務所に置きましょう。私の猫さんはあの絵本にしかいないの」
北沢志保
可奈は小首をかしげたが、すぐに顔をほころぼせた。
北沢志保
『そうだね、全部同じ猫さんじゃないんだもんね!じゃあ、今から取りに帰るね』
北沢志保
そう言って可奈は、私が止める声も聞かず絵本を胸に抱えたまま出て行ってしまった。
北沢志保
……部屋が急に静かになった。
北沢志保
私は手近な椅子に腰を掛け、カバンから大きな包み紙を取り出す。
北沢志保
「無駄になるところだったわ」
北沢志保
包み紙から白と黒のボーダーの猫が透けて見える。
北沢志保
「あなたは、どんな猫さんになるのかしらね」
北沢志保
私は包み紙の表面を優しく手でなぞった。
(台詞数: 43)