
北沢志保
ゴーストは意思を持たない。

北沢志保
仮に、あなたへ喋りかけてくる不気味な声が聞こえたとしても、安心してほしい。

北沢志保
それは残留した魂が壊れたレコードよろしく再生されているだけだ。

北沢志保
生物には必ず魂が宿る。魂は想いの強い部分を保存する容れ物の役割をしている。

北沢志保
これは、たとえ志半ばに命尽きたとしても想いが伝えられるよう、神が与えたシステムなのだ。

北沢志保
だが、神の計らいとは裏腹に、今や殆どの者がゴーストを恐れてしまっている。

北沢志保
大丈夫、ゴーストを恐れることはない。彼らは、ただ遺したいだけなのだ。

北沢志保
魂に保管するほど大切な想いを、誰かに聞いてほしいだけなのだ。

北沢志保
……いつだったか、そんな内容の本を読んだことを思い出した。

北沢志保
────

北沢志保
以前まで、私は猫を飼っていた。

北沢志保
出会いは雨の日の夜。路上でずぶ濡れになっているのを不憫に思い、拾ってやった。

北沢志保
その時、猫は呼吸こそしていたものの、ひどく衰弱していて、傍から見ても危険な状態だった。

北沢志保
不幸にも深夜であった為、獣医には頼れず、その夜は私の家で面倒を見ることにした。

北沢志保
乏しい知識とインターネットを駆使しながら四苦八苦したのを覚えている。

北沢志保
朝日が昇ると同時に家を出、動物病院を巡っては東奔西走したものだ。

北沢志保
何故そこまで野良猫1匹に固執したのか、猫が元気になった後でも理由は解らないままだった。

北沢志保
だが、今になってようやく理解した。

北沢志保
疲れて家に帰った時、出迎えてくれる姿がある。それだけで不思議と心は満たされるのだ。

北沢志保
要するに、私は寂しかったのだろう。

北沢志保
ネコさん。あなたは、淋しい私の心を癒やしてくれた。

北沢志保
ネコさん。あなたは、寂しい私の心を満たしてくれた。

北沢志保
数年後、あなたは眠るように最期を迎えた。

北沢志保
────

北沢志保
程なくして、私は仕事の都合上、長期にわたって家を空けなければならなくなった。

北沢志保
心身共に疲れ果てて、ようやく家に戻れたのは、それから1年後のこと。

北沢志保
静まり返った宅内。1年経った今でも、心は在りし日の光景を求めてしまう。

北沢志保
もう、あの子はいないというのに。

北沢志保
──リン。

北沢志保
部屋に入ろうとドアノブに手をかけた刹那、微かに、けれど確かに鈴の音が聞こえた。

北沢志保
聞き違えるはずがない。あれは──あの鈴の音は毎日のように聞いていたのだから。

北沢志保
ドアを開けて確認しようにもロックされている。おかしい、鍵なんて初めから付いていないのに。

北沢志保
まるで「入ってはいけない」と、有り得ない力で私を拒絶しているようだった。

北沢志保
「……ネコさん?」

北沢志保
ドア越しに名前を呼んだのは咄嗟の思い付きだった。鈴の持ち主は、この部屋が寝床だったから。

北沢志保
だが、やはり応えはないまま。

北沢志保
「……名前?」

北沢志保
ふと、昔読んだ本の内容が頭に浮かぶ。

北沢志保
──ゴーストを恐れることはない。彼らは、ただ遺したいだけなのだ。

北沢志保
──魂に保管するほど大切な何かを、誰かに聞いてほしいのだ。

北沢志保
そうだ。あの子は『ネコさん』と呼ぶと、不貞腐れたのか何処かに行ってしまうことが稀にあった。

北沢志保
名前については色々考えてはいたが、絶望的にセンスがなく、先送りにしていたのだ。

北沢志保
「……もしかして、あなたは名前を──」

北沢志保
言いかけたところ、握っていたドアノブが今度はあっさり回った。

北沢志保
冷たい部屋の隅には、未練がましくいつまでも捨てられずにいた、あの子のベッド。

北沢志保
毛布を何枚か積んだだけの簡易なものだったが、あの子はこれを甚く気に入っていた。

北沢志保
1番上はカラフルな星の柄。その上には黒猫が座っていて、じっと私を見つめている。

北沢志保
見つめて、答えを待っている。

北沢志保
「……ずっと考えてたわ。あなたの、その夜色には星柄がよく似合うって。だから──」

北沢志保
「あなたの名前は、ね──」
(台詞数: 50)