プレストゥプレーニエ
BGM
嘆きのFRACTION
脚本家
mayoi
投稿日時
2016-02-27 09:11:56

脚本家コメント
「もしぼくが飢えのために殺したのだったら、ぼくはいま……幸福だったろうと思う」
    ──ドストエフスキー『罪と罰』
誰得作品なのでちょっと埋めときました。

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北沢志保
祖は濫読癖という訳ではなかった。
北沢志保
文学によって文学的センスは磨かれ、現実を知らねばリアリティは宿らない。
北沢志保
だから手当たり次第に読んだ。それだけだった。
北沢志保
書く為には当然のことだと思う。
北沢志保
しかし祖はたった一冊の書を遺し、この世を去った。
北沢志保
野心的な性格の割に、あっけない死に様だった。
北沢志保
『はじめ、獣が満ちていた』
北沢志保
『その頃の獣は、己よりも下等の獣を食べるために存在していた』
北沢志保
『脚を泥塗れにして狩りを行い、浅はかな歓びを受ける存在だった』
北沢志保
『主は、自ら肉を分けた彼らがそのように暮らす事に恥辱を覚えた』
北沢志保
遺族は祖の書を市場に流し、葬儀代の足しにした。
北沢志保
大した金にはならなかったが一応の値段はついた。
北沢志保
何も知らぬ遺族によって、祖の計画は実行に移された。
北沢志保
『そこで、夜の裁きが執られた』
北沢志保
『獣たちの血は砂礫を固め、偉大なる岩を生んだ』
北沢志保
『岩は横たわる障碍であり、彼らを西の獣と、東の獣とに分けた』
北沢志保
『西の獣は敵が不在となった事を大いに歓び、肉食を止めた』
北沢志保
『一切の奪い合う事を鎖し、偉大なる岩を崇拝した』
北沢志保
ある者が言った。
北沢志保
書とは棺桶であると。過去を閉じ込めておく器に過ぎない、と。
北沢志保
しかしその中には永遠が生きている。海を渡る風が吹いている。
北沢志保
砲撃の音が轟き、怪物がかんらかんらと嗤っている。
北沢志保
ならばそれは呪いだ。書を開いた者の胸に宿り、未来にまで干渉し続けるだろう。
北沢志保
祖の狙いはそこにあった。
北沢志保
『東の獣は怒り猛った』
北沢志保
『彼らにとって狩猟とは生の炎であった』
北沢志保
『だから岩を越える為の翼を授かった。大地を蹴り、遥けし空へと舞い上がった』
北沢志保
『飛翔する獣は大地を見下ろし、その無辺なるを知った』
北沢志保
『そして吹き降ろす風となり西の獣を襲った』
北沢志保
祖は考えた。
北沢志保
書による叛逆の可能性を。
北沢志保
人が読み、その胸に巣食った書が新たな書を生むことを。
北沢志保
そうして生じる無限の連鎖の果てに、書そのものがある種の思念を成すことを。
北沢志保
どうやら、それが私らしい。
北沢志保
『西の獣は慟哭した。声が空を震わせ、涙が雲となった』
北沢志保
『その様子に主は心を痛められた』
北沢志保
『闇を裂く剣を創り、天から疾風を刺し貫いた』
北沢志保
『焼け焦げた風は黒い雨となって大地に降り注いだ』
北沢志保
『獣はその剣を、神鳴りと呼んだ』
北沢志保
祖自身がその思念となり永遠の生を得ることが目的だと、初めは考えた。
北沢志保
だがどうも違うらしい。『罪』と題した祖の書には留意すべき点がある。
北沢志保
翼は、主が与えたという点だ。
北沢志保
……本当に、くだらない。
北沢志保
『訪れた静寂を、安息と名付けた』
北沢志保
畢竟、祖は神になりたかったのだ。破滅的な生を創る存在に。
北沢志保
哀れな獣を嗤い、慰めとする為に。
北沢志保
振り子時計の鐘が厳かに響く。
北沢志保
『罪。プレストゥプレーニエ』
北沢志保
『原義は《踏み越えること》』
北沢志保
そのくだらない罪の為、私は生という罰を受けたのだ。

(台詞数: 50)