北沢志保
彼女……伊織さんの祖父は水瀬グループの前代表であり、
北沢志保
そして、自他ともに認める程の珈琲好きであったという。
北沢志保
仕事の暇を見つけては、上質な豆を求めて東奔西走。
北沢志保
輸出していないものについては、現地まで買い付けに行くという堂の入りっぷり。
北沢志保
無事に豆を手に入れて帰って来た暁には、屋敷の一角にある専用の室にて、
北沢志保
高価な器具を用いて珈琲を振舞う、『披露会』なるものが開かれたりもしたんだそうな。
北沢志保
個人的に「珈琲好き」と言うより「珈琲狂い」の方がしっくりくる気もする……。
北沢志保
……そんな行き過ぎた趣味が高じて建てられた物が、このお店だという。
北沢志保
だが、ここは当初お店でなく、あくまで道楽を目的としていた場であり、
北沢志保
時には関係者を招いてパーティを行ったり、
北沢志保
先に話した『披露会』を大々的に開催したりと、意外にも賑わいを見せていたらしい。
北沢志保
まだ幼かった伊織さんは特にそれを楽しみにしていて、
北沢志保
祖父の素振りを見、真似をして、珈琲を皆に振舞っていたそうだ。
北沢志保
新堂さん曰く、お嬢様の上達ぶりには驚きを隠せなかったとの事。
北沢志保
子供ながらに……いや、子供だからこそだったのかもしれないと、
北沢志保
どこか懐かしそうに目を細めた。
北沢志保
――――――
北沢志保
やがて年月を重ね、伊織さんが中学に上がった頃の話。
北沢志保
珈琲好きなその方は、もともと患っていた病気が原因で亡くなったそうだ。
北沢志保
賑やかだった深緑の森には、誰もいない建物だけが淋しく残る事となる。
北沢志保
引き継ぐ人を探したが見つからず、維持しようにも金はかかる。
北沢志保
だからと言って、放って廃れさせるのはあまりにも忍びない。
北沢志保
身内での会議の結果、『解体』の結論に至るまで、あまり時間は要しなかったそうだ。
北沢志保
そこに伊織さんの姿はなかったという。
北沢志保
「子供だから」という理由で除外されていたのだ。
北沢志保
彼女がその事を知ったのは数日後の事。
北沢志保
「建物は私が引き継ぐ。お店は絶対に壊すな。」
北沢志保
その怒声は廊下にまで響き渡ったらしい。
北沢志保
その発言に現水瀬グループの代表――つまり、伊織さんの父親は問いかけたそうだ。
北沢志保
「引き継いだところで、お前はどうするつもりだ?」
北沢志保
その質問に対し、彼女は――
北沢志保
「お店を開く」
北沢志保
そう強く言ったそうだ。
(台詞数: 33)