北沢志保
水瀬グループとは、我が国が誇る巨大企業グループらしい。
北沢志保
最近では海外にまで事業を展開し、更なる飛躍がどうのこうの。
北沢志保
実のところ私は、こういった世情に対しての関心が非常に薄い。
北沢志保
件のグループも名前だけは知っている程度の認識で、企業形態、事業内容共にあやふやだ。
北沢志保
まあ、それは置いといて。
北沢志保
燕尾服の男性は新堂と名乗った。
北沢志保
新堂さんは、「あの」水瀬の社長宅に従事している執事さんだと言う。
北沢志保
「……えっと、そんな方が何故こんな所に?」
北沢志保
平静を保ちつつも、彼に対して内心身構えていた。
北沢志保
札よりも鍵を掛けておけば良かったと、今更になって後悔する。
北沢志保
「今回こちらに赴きましたのは、お嬢様についてお耳に入れておきたい事がございまして――」
北沢志保
新堂さんはそう言うと、胸のポケットから1枚の写真を取り出した。
北沢志保
「お嬢様?」
北沢志保
手渡された写真には、どこかの裕福そうな家族。
北沢志保
屋敷をバックに、数名の使用人と思われる人達も一緒に撮影されている。
北沢志保
その中には新堂さんの姿もあった。
北沢志保
「これ……」
北沢志保
写真の右側、他の人とは対照的に、とてもつまらなそうな表情をしている女の子。
北沢志保
それは数日前に勝手に店を寄越しては勝手に出ていった店主だった。
北沢志保
「……」
北沢志保
「あの……」
北沢志保
突然の出来事の連続で空回っていた思考が、今では随分と落ち着いたもの。
北沢志保
よく考えてみれば、これはチャンスなのだ。
北沢志保
彼女にまた、出会う為の――。
北沢志保
「店……いえ、伊織さんは今どちらに?」
北沢志保
努めて冷静に訊ねる。
北沢志保
すると新堂さんは、「お嬢様は屋敷にて療養中です」と微笑んだ。
北沢志保
「そうですか。良かった……」
北沢志保
ほっと胸を撫で下ろす。
北沢志保
後ろの可奈も安堵の溜息を漏らした。
北沢志保
「では、彼女と連絡を取りたいのですが……」
北沢志保
だが、今度は続く言葉に難色を示した。
北沢志保
「どういうことです?」
北沢志保
理由を訊ねても「申し訳ございません」の一点張り。
北沢志保
口止めされているのだろうか。
北沢志保
「……」
北沢志保
私……嫌われてるのかな。
北沢志保
こんな状態で会って話して……どうすればいいのだろう。
北沢志保
だって拒絶されているんだもの。
北沢志保
疑心暗鬼。
矢吹可奈
「あああのっ!」
北沢志保
「……可奈?」
北沢志保
唐突に、今まで傍観していた可奈が割って入る。
矢吹可奈
「こ、珈琲……さい」
北沢志保
「え?」
矢吹可奈
「珈琲、おかわりください!」
北沢志保
ずいとカップを差し出して――大きな声で言い放った。
北沢志保
時間が止まった。
(台詞数: 48)