北沢志保
例えるならば、テーブルという名の空に広がるお菓子の星々。
北沢志保
しかし遥か天空のそれらと違って、目の前のこれらは、今にも手が届いてしまうからこそ躊躇した。
北沢志保
これからパーティでも始めるのかと疑わずにはいられない程の量に、だ。
矢吹可奈
「キラキラ~ッ」
北沢志保
曇りのない瞳をキラキラさせて、可奈は私の言葉を待っている。
北沢志保
「……何これ」
北沢志保
だが紡ぎ出した言葉は、我ながら驚くほど冴えないものだった。
矢吹可奈
「皆で食べようと思って持ってきたの」
北沢志保
「ここ、一応喫茶店なんだけど……?」
矢吹可奈
「もも、もちろん、志保ちゃんたちのお仕事が終わってからのつもりだったよ?」
北沢志保
たち……か。
矢吹可奈
「ほ、ほんとだよ?」
北沢志保
不安そうに、上目遣いで私の反応を窺う可奈。
北沢志保
……まあ、どうせお店は無期限休店中。
北沢志保
「……」
北沢志保
「……そう」
北沢志保
「でも……これ、少し多過ぎないかしら?」
矢吹可奈
「!」
矢吹可奈
「お、多いぐらいの方がいいんだよ〜。バリエーションたっぷり〜♪」
北沢志保
やっと出たまともな応えが嬉しかったのか、上ずった声で歌い出す。
北沢志保
「……ねえ、訊かないの?」
矢吹可奈
「何を?」
北沢志保
「だって不自然でしょ」
北沢志保
このお菓子の量は明らかに店長の……いや、「あの人」の分も含まれているのだから。
矢吹可奈
「えーと、今日はお店がお休み。だから店長さんもお休みなんだよね?」
北沢志保
「え?」
矢吹可奈
「けれど志保ちゃんは努力家なので、例え店休日でも、珈琲の研究の為に出勤しているのでした」
矢吹可奈
「そうだよね?」
北沢志保
瞳は揺らぐ事なく真っ直ぐに、私を見つめている。
北沢志保
「え、ええ」
北沢志保
嘘をついた感覚はあまりなかった。
矢吹可奈
「うむっ。そんな努力家な志保ちゃんを讃えて、これを食す権利を与えます」
北沢志保
そう言って星を1つ掴んで、手渡した。
北沢志保
「……?」
北沢志保
ごく普通の板チョコレートだった。
矢吹可奈
「好きな人にはチョコレート。これ、女の子の鉄則なのです」
北沢志保
さらっとすごい事を言われた気がする。
北沢志保
だが、なるほど。
北沢志保
「はい」
矢吹可奈
「え?」
北沢志保
「食べきれないから、半分食べて」
矢吹可奈
「あ、うん。いただきます」
北沢志保
そして互いに一口。
矢吹可奈
「甘いね」
北沢志保
頷くが、どうやら私には少し……甘すぎるみたいだ。
北沢志保
だからだろう。無性に苦めの珈琲が飲みたくなったのは。
北沢志保
「淹れるけど……可奈はおかわり、いる?」
矢吹可奈
「うんっ!」
北沢志保
そう満面の笑みで返した可奈の頬は、少しだけ赤らんでいた。
北沢志保
多分、私もだろう。
(台詞数: 50)