矢吹可奈
「るんる~ん♪」
矢吹可奈
「さーて、今日も元気にこんにちはーっ!」
北沢志保
どよーん。
矢吹可奈
「暗っ!」
北沢志保
「……何か、用?」
北沢志保
カウンターに伏せた頭を気怠く上げて、低いトーンで問う。
矢吹可奈
「え、えっと、用って程でもないけど遊びに……というか電気点けようよ」
北沢志保
「……そんな気分じゃない」
北沢志保
そう言ってまた伏せる。
北沢志保
あれからというものの、ずっとこんな調子だ。
北沢志保
荒んだ気持ちの整理がつく目処も立たず、ただこうして薄暗い店内で屍のように過ごしていた。
矢吹可奈
「今日は、お休みなの?」
北沢志保
「扉に札が掛かってるでしょ……」
北沢志保
素っ気なく返す。今は何でもない会話ですら煩わしい。
矢吹可奈
「じゃあ、志保ちゃんとお話したいな」
北沢志保
「……」
北沢志保
少しは察して欲しい。
北沢志保
そう心の中で愚痴るものの、特に断る理由も思い浮かばなかった。
北沢志保
――――――
矢吹可奈
「この前は楽しかったよね。また3人で一緒にお話したいなぁ」
北沢志保
「……」
矢吹可奈
「ね? 志保ちゃん」
北沢志保
「……ええ」
北沢志保
何度目かの対面団欒。
北沢志保
だがいつもより空気は重く、テーブルの上にある珈琲は1つだけ。
矢吹可奈
「……飲まないの?」
北沢志保
小さく頷く。
矢吹可奈
「えっと、それじゃ、いただきます」
北沢志保
おずおずとカップを手に取って、そして一口。
矢吹可奈
「うん。志保ちゃんの淹れる珈琲って何だか優しく感じる」
矢吹可奈
「これで72円は破格だよ」
北沢志保
褒めているのか貶しているのか、よくわからない評価だった。
矢吹可奈
「あ、珈琲っていえば、私この前テレビで観たんだけどね――」
北沢志保
努めて会話に花を咲かせようとする可奈とは対照に、完全に上の空の私。
矢吹可奈
「明日は店長さん来るのかな? 私も美味しい珈琲の淹れ方教えてほしいな~」
矢吹可奈
「チラッ」
北沢志保
「……」
北沢志保
既に応えることすら億劫になっていた。
北沢志保
「ごめん……」
北沢志保
「私、もう……」
北沢志保
もう……切り上げたい。こんなに沈んで、惨めな私なんて晒したくない。
北沢志保
しかし窄んでいくその言葉が伝わることはなかった。
矢吹可奈
「……ね、志保ちゃんは甘い物好き?」
北沢志保
唐突に可奈は言い出す。
北沢志保
「は?」
北沢志保
私の答えを待たずして可奈は立ち上がる。
北沢志保
そして意気揚々と、手持ちのバッグの中身をテーブルの上に並べ始めた。
矢吹可奈
「じゃじゃーん!」
北沢志保
まるで星を散りばめたかのように広げられたそれらは――
北沢志保
色とりどりのお菓子だった。
(台詞数: 50)