北沢志保
時計の音が始まりか終わりを告げた。
北沢志保
本を閉じ、小さく伸びをする。
北沢志保
明日の準備とやらで出て行った店長を待っている間に、外は日を落としたらしい。
北沢志保
「もう、こんな時間か」
北沢志保
「店長……まだかな」
北沢志保
夜の森は気味が悪い。
北沢志保
意識すれば尚更。余計なことまで考えてしまう。
北沢志保
「うぅ……」
北沢志保
じっとりとした、何か得体の知れないモノが背中を伝った気がする。
北沢志保
こんな時、外に出るのは物好きか変態だけだろう。
北沢志保
ちなみに私はどちらでもない。
北沢志保
どちらでもないのだが……。
北沢志保
私には、どうしても遂行せねばならない任務がある。
北沢志保
それは――
北沢志保
「おいで」
北沢志保
ご飯の乗ったお皿を手に、繰り広げられる孤独な夜戦。
北沢志保
闇に浮かぶ双眸を真っ直ぐ捉えて。
北沢志保
「ネコさん、ご飯だよ」
北沢志保
黒猫を招く。
北沢志保
だが、どうやら今日は気乗りしない様子。
北沢志保
「ネコさん……あっ」
北沢志保
逃亡。任務失敗。
北沢志保
そしてまた、ひとり。
北沢志保
「……」
北沢志保
「お腹が空けば、きっと戻ってくるよね、うん」
北沢志保
そう信じ、ご飯皿を置いてお店に戻ろうと振り返った。
北沢志保
「……?」
北沢志保
そこには何もなかった。
北沢志保
……何も。
北沢志保
――――――
北沢志保
目の前に広がる鬱蒼たる森。
北沢志保
沈鬱と虚脱に苛まれて重い、心と体。
北沢志保
枝から垂れ下がる――怨。
北沢志保
同じだ。
北沢志保
全て、知っている。
北沢志保
ここに在るのは、在りし日の残滓だということを。
北沢志保
「……」
北沢志保
感情は波のように平穏なもの。
北沢志保
波立つとするならば、この状況を冷静に咀嚼出来ている自分に対してか。
北沢志保
恐怖など欠片もなく、むしろ、ここまで鮮明に蘇るものかと感心すら覚える程だ。
北沢志保
視界にちらついて私を誘うかの如く揺れる、縊られた円環。
北沢志保
目障り極まりないのだが、気まぐれに手を伸ばしてみる。
北沢志保
だが、触れる事なく掻き消えてしまった。
北沢志保
「そっか……」
北沢志保
何も断ち切れてなどいない。
北沢志保
泥土は深く沈んでいただけ。
北沢志保
それは例え、望み描いた理想を得たとしても――
北沢志保
ずっと、ずっと、忘れ去られることなく――
北沢志保
少しずつ、私を蝕んでいくのだ。
(台詞数: 49)