distort
BGM
Get My Shinin'
脚本家
mayoi
投稿日時
2015-06-14 19:17:09

脚本家コメント
【閲覧注意】
本作には暴力的表現、その他不快感を煽る表現が含まれています。ご注意ください。
またシナリオの都合上、志保ちゃんが一人暮らししてます。

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北沢志保
可奈が私の家を訪れたのは夜も更けた頃だった。
北沢志保
その鋭い表情を見て、つい招き入れてしまった。会うつもりもなかったのに。
北沢志保
「座って。はい、ホットミルク」
矢吹可奈
「……ありがとう」
北沢志保
両手で抱えたマグカップを少し傾け、可奈は微笑む。
矢吹可奈
「元気そうで良かったよ」
北沢志保
「私が?」
北沢志保
足をぶらりぶらりとさせる可奈。そのつま先を見つめる。
北沢志保
目線を落としたまま、声だけが問いかける。
矢吹可奈
「志保ちゃん、このままでいいの?」
北沢志保
「どういう意味よ」
矢吹可奈
「事務所──クビになったって」
北沢志保
「ああ、あの報道の件ね」
北沢志保
可奈はビクリと肩を震わせる。これは私の問題なのに。
北沢志保
「選択肢なんか無いわよ。元の生活に戻るだけ」
矢吹可奈
「でも、何とかなるかもだし、私も協力する。諦めちゃ──」
北沢志保
「『エミーリア・ガロッティ』という戯曲を知っているかしら」
北沢志保
可奈を遮るように、私は言葉を紡ぐ。
北沢志保
「領主グアスタラ公はエミーリアという若い娘に恋をした」
北沢志保
「でもエミーリアには婚約者がいて、式を挙げる予定だったの」
北沢志保
「そんな彼女たちが式場に向かう途中、賊によって新郎が殺されてしまう」
北沢志保
「そこに颯爽と現れたグアスタラ公。彼はエミーリアを救出し、自分の館で保護した」
北沢志保
「新郎のことは残念だったけど、エミーリアは助かった。彼には感謝しなきゃね」
北沢志保
「でもね、全部グアスタラ公の策略だったのよ」
北沢志保
「彼が賊に新郎を襲わせ、エミーリアを軟禁した。それが真相よ」
北沢志保
「その事を知ったエミーリアの父はどうにか娘との面会を果たし、その場で──」
北沢志保
「エミーリアを刺し殺した」
矢吹可奈
「え……」
北沢志保
「こうしてエミーリアの貞操は守られた、という話よ」
矢吹可奈
「エミーリアは悪くないのに、どうして……!」
北沢志保
「愛、と呼んでしまえば楽よね」
北沢志保
可奈の視線が憐れみの色を含む。
北沢志保
そして、怒り。
北沢志保
「……私もね、疲れたのよ。このままじゃ私も事務所もダメになる」
北沢志保
俯く可奈。唇を噛むのが見えた。
矢吹可奈
「なんで……どうして信じてくれないの?」
北沢志保
「奇跡なんて不条理なものよ」
北沢志保
「絶対的な救いでありながら、望んだ通りに起こるとは限らない」
北沢志保
「それでも確かに存在すると知っているから──無駄な期待を抱く」
矢吹可奈
「それでも願うよ」
北沢志保
食らい付くように顔を振り上げる。髪が乱れるのも構わずに。
矢吹可奈
「私、バカだから。嫌なことはすぐ忘れちゃうんだ」
矢吹可奈
「でもね。辛かった練習とか、志保ちゃんと喧嘩したこととか……」
矢吹可奈
「ぜんぶぜんぶ、覚えてるよ。忘れてなんかないよ」
北沢志保
勢いよく放たれた言葉たちは次第に失速し、尻すぼみになる。
矢吹可奈
「私に何ができるかも分からない」
矢吹可奈
「それでも一緒にいて、支えられたらって思うんだ」
矢吹可奈
「だから教えてよ。私が志保ちゃんにできること」
北沢志保
やかましい程の静寂。私は何と答えたらいいのだろう。
北沢志保
口を開きかけた私。そこに間の抜けた音が響く。

(台詞数: 50)