北沢志保
休日。特にする事もなく街へ出かけた。
北沢志保
空を覆う雲が暗かったが、傘を持っていれば問題ないと思った。
北沢志保
電車に乗り、隣の男の貧乏揺すりに堪えながら携帯を眺める。
北沢志保
紫を基調にした待ち受け画面に、いくらかの平常心を取り戻す。
北沢志保
やがて車内アナウンスが到着を告げる。顔を上げると黄色のホームが目に入った。
北沢志保
携帯を凝視しすぎたと思いながら、電車を降りた。
北沢志保
改札を抜ける。ICカードの残高がずいぶん減っていた。
北沢志保
駅の隣にゲームセンターがあり、置かれたぬいぐるみに目が行く。
北沢志保
しかし、こういうものからも卒業する頃合だと思い直し、通り過ぎた。
北沢志保
通り沿いの服屋には流行りのファッションが並べられていた。
北沢志保
それらは垢抜けてはいるが、彩度が強すぎて買う気にならない。
北沢志保
あれこれと手に取っては騒ぎ、結局戻す女性客たちが煩わしかった。
北沢志保
交差点の角に、見慣れたチェーンの喫茶店があった。
北沢志保
自分が歩き疲れていることに気付き、店に入ってコーヒーを注文する。
北沢志保
セットを薦める店員にうんざりし、携帯を見ると着信履歴があった。
北沢志保
発信元を確認し、急用ではないと考え、無視する。
北沢志保
漂ってくるコーヒーの薫りに心が安らぐ。
北沢志保
以前は苦味を理由に嫌っていたが、最近はむしろ好んで飲んでいる気がする。
北沢志保
喧騒から逃れるためにカフェインに依存する私を思い、べつに構わないと感じた。
矢吹可奈
――お待たせしました。
北沢志保
突然に周囲が暗くなり、店内のざわめきが遠ざかった。
北沢志保
そちらを見上げようとし、照明の眩しさが瞳を刺す。
北沢志保
逆光の中にある小さな肩、短袖から伸びたしなやかな腕。
北沢志保
柔らかく膨らんだ、オレンジ色の髪。
北沢志保
私を見つめて、微笑んでいる。 コーヒーカップを差し出していた。
北沢志保
動悸がする。携帯を握る手の感触を意識した。
北沢志保
ずっと目が合っていたことに思い至り、コーヒーを受け取らなければならないと思った。
北沢志保
しかし伸ばした手は空中をさ迷い、テーブルへと着地する。
矢吹可奈
――お客様?
北沢志保
穏やかなジャズが流れていることに気付く。
北沢志保
見たこともない中年の店員だった。
北沢志保
コーヒーは既に、目の前に置かれていた。
北沢志保
会計を済ませ、喫茶店を出る。
北沢志保
脳裏にモヤのようなものがこびり付いて離れず、地面が近すぎる気がした。
北沢志保
音楽を聴こうとし、やはり止めて、手帳で明日のスケジュールを確認する。
北沢志保
手が震えて仕方がなく、ともかく落ち着くべきだと思った。
北沢志保
しばらくして店内に傘を置き忘れたことに気付いた。
北沢志保
取りに戻るべきか悩んだが、店員と再び顔を合わせるのは億劫なのでやめた。
北沢志保
帰りは電車には乗らなかった。
北沢志保
どのみち大した距離ではないし、車内の淀んだ熱気を想像して気分を悪くしていた。
北沢志保
途中のコンビニでプチシューを買い、切れ間のない暗雲を眺めながら食べた。
北沢志保
想像通りに甘ったるくて、こみ上げる吐き気と戦いながら黙々と食べた。
北沢志保
食べ終わる頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
北沢志保
あまり遅く帰るべきではないと思い、少し足早に歩いた。
北沢志保
名も知らぬ家の二階からオレンジ色の光が漏れ出ている。
北沢志保
それを見ながら、休日を無為に過ごしたと今更のように考えた。
(台詞数: 46)