北沢志保
今も思い出す光景がある。
北沢志保
クリスマスの朝、目覚めると枕元に黒いネコさんのぬいぐるみがあった。
北沢志保
それはサンタさんではなくお父さんが用意してくれたのだと、すぐに分かった。
北沢志保
サンタさんはプレゼントをレジ袋に入れて渡したりしないだろう。
北沢志保
カーテンを開くと一面の雪。
北沢志保
朝の日差しを反射してきらめく世界。
北沢志保
でも一番鮮明に覚えているのは、ガラスに映る私の瞳が輝いていたことだった。
北沢志保
何故なら、その数日後には気付いてしまったから。
北沢志保
お父さんは、もう帰ってこないのだと。
北沢志保
それからだろうか、どうにもうまく笑えなくなったのは。
北沢志保
事務所の人たちと訪れたレストラン。うるさくて目障りなあの子が、今日の主役。
北沢志保
私は何をしているのだろう。彼女を祝う義理なんてないのに。
北沢志保
腰につけたネコさんを指先で撫でる。
北沢志保
やはり今も、ただ1人を敬愛しているのだ。
北沢志保
帰ってきてくれなくてもいい。ただ慕い続けていたい。
北沢志保
もし他の人を想うならば、私のこの気持ちは――
北沢志保
喪失感を埋めるための言い訳でしかなかったということ。
北沢志保
それは私の軸を壊し、過去も、現在すらも否定するだろう。
北沢志保
決して満たされることのない感情を御旗に。
北沢志保
それは私だけの、孤独な戦いだった。
北沢志保
肉を一口大に切り、フォークで持ち上げる。
北沢志保
滴る肉汁をぼんやりと眺めていたとき、隣の彼女が口を開いた。
矢吹可奈
――ねえ、一緒に歌おうよ!
北沢志保
彼女は何を言っているのだろう。
北沢志保
もしもこの発言に意図があるとすれば。
矢吹可奈
――その、もっと仲良くなりたくて。ダメかな?
北沢志保
予想はしていた。それでも心は動かなかった。
北沢志保
フォークに刺さった肉をナイフで押さえて引き抜く。
北沢志保
ごめん。その3文字を伝えるために顔を上げると目が合った。
北沢志保
彼女の瞳は、かつての私のそれと同じだった。
北沢志保
だが私がそれに応えることはない。可哀想なことに。
北沢志保
ガラスの向こう側の私がこちらを覗き込んでいる。
北沢志保
眩いばかりの夜景の中で私は、ひどく穢れていて――
北沢志保
手からナイフが滑り落ちた。
北沢志保
私は何をしようとしていたのだ。
北沢志保
彼女の心を理解し、同情しながらも、まるで肺腑をえぐるように。
北沢志保
支えを失う苦しみを、彼女にも押し付けようとしていたのではないか。
北沢志保
それは一心に誰かを信倚する眼差しだった。
北沢志保
もし私が戦い続けるならば、その大義を見失っていないのであれば――
北沢志保
この瞳だけは、壊してはならない。
北沢志保
迷いはなかった。
北沢志保
私が紡ぐべき言葉、それは……。
北沢志保
――いいわよ。
北沢志保
私が間違っていたという事への肯定。
北沢志保
2人分の孤独を背負い、一生をその戦いに捧げるという宣誓。
北沢志保
想わなくてもいい。ただ、想われ続けなければならない。
北沢志保
私は思い出を大切になぞりながら、現実を見ずに生きていけばいい。
北沢志保
だが、もしも。
北沢志保
もしもいつの日か、彼女を愛することが出来たならば。
北沢志保
そんな人生も、きっと悪くない。
(台詞数: 50)