如月千早
一昨日も、昨日も、眠れなかった。
如月千早
何度も寝返りを打ち、まんじりとしないまま、
如月千早
気が付けば、窓の外は白んで、鳥のさえずりが聞こえ始めていた。
如月千早
眠くて堪らない筈なのに、体は重く、頭の中身が密度を増した様な、ぞっとする、冴えた感覚。
如月千早
背中にうっすらと、汗が滲む。
如月千早
今日も、眠れそうにない。
如月千早
古い下町の商店街は、繁華街や幹線道路から離れているせいか、
如月千早
日付の変わろうとするこの時分には、都内である事が嘘の様に、静まり返る。
如月千早
休憩室に布団を並べて、一緒に寝ている二人の、微かな寝息が、
如月千早
月明かりと混じって、淡く漂う。
如月千早
(共に歩む仲間が、貴方を支えてくれるでしょう)
如月千早
優しく微笑む先生の言葉のお陰で、どれ程気が楽になっただろう。
如月千早
けれども、
如月千早
………。
如月千早
下の階の練習スタジオから、微かに、音が漏れ伝わって来る。
如月千早
アコースティックギターの乾いた音色と、聞き慣れた、優しい声。
如月千早
そういえば、あの人は、ギターも弾けるのだ。
如月千早
(道標、無くしたら迷路。 淡々と、夜の静寂。 可笑しいね、世界は悪戯。)
如月千早
(虚ろな、鏡の中、 同じ道、行ったり来たり。 私に、月が、ついて来る。)
如月千早
夜になると、時々、思い出す。
如月千早
オーディションで、声が出なかった、あの時。
如月千早
家族の心が、離ればなれになっていった、あの日々。
如月千早
私の目の前で、弟が、消えてしまった、……あの日。
如月千早
(ほうき星、ぶらり途中下車。 ここからは、一人で、進む。)
如月千早
商店街での、路上ライブ、
如月千早
それが私達の、初の舞台。
如月千早
また、歌えなかったら……、
如月千早
私は、どうすればいいのだろう。
如月千早
歌えない私に、支えて貰う価値などある筈もなく……。
如月千早
(その日暮らし、朝を迎え、夜が手招き。)
如月千早
(その日暮らし、扉を開けて、踊る。)
如月千早
……今、この部屋を出て、何処かへ消えてしまったら、
如月千早
皆は、困るだろうか。
如月千早
(おかえり、おかえり、)
如月千早
(飛行機が、空を飛ぶ。)
如月千早
(幸せのテーブルにすわって、)
如月千早
(窓越しの月が、私を呼ぶ……。)
如月千早
もう少しだけ、千鶴さんの歌を聞きたかったが、もう夜も遅い。
如月千早
自然に、瞼が重くなって来る。
如月千早
夜の静寂の底へ、ゆっくりと、沈んでゆく。
如月千早
明日は、朝早くから、通しの練習だ。
如月千早
だから今夜は、このまま眠ろう。
如月千早
月の明かりと、陽の温もりに、包まれて……。
(台詞数: 43)