矢吹可奈
「……先ほどのカフェの情報はホームページでも紹介していますので、チェックしてくださいね!」
矢吹可奈
「以上、矢吹可奈の「今日のランチはどこかな?何かな?矢吹かな♪」のコーナーでした!」
馬場このみ
可奈ちゃんが手を振ると、画面に"このあと新コーナー!"のテロップが出てCMとなった。
馬場このみ
席に戻り、大きく肩で息をする可奈ちゃんと目が合った。私は小さく手を振る。
馬場このみ
新しく始まった昼帯の情報番組にレギュラーとして抜擢された可奈ちゃん。
馬場このみ
今日は巷のランチポイントを紹介するコーナーだったが、上手くやれているようだ。
馬場このみ
番組がスタートするまで、律子ちゃんとの特訓に目から生気を無くしながら臨んだおかげだろう。
矢吹可奈
「……はい、そうなんです!実は隔週でお送りする新コーナー、私の友達がメインなんですよ」
馬場このみ
気付けばCMが空けて、番組は進行している。テロップに出た新コーナーの話題だ。
矢吹可奈
「それじゃあ、出てきてもらいましょう。どうぞ~」
矢吹可奈
可奈ちゃんが歌を歌うようにステージセットに手を差し向けると、観客が拍手する。
木下ひなた
「こんにちは~、木下ひなたです」
馬場このみ
スタジオが黄色い声で埋まる。その一つ一つにひなたちゃんは丁寧に手を振った。
矢吹可奈
「と、いうわけで!ひなたちゃんが新コーナーの担当なんだよね」
木下ひなた
「そうだよぉ。あたし、この時間の番組はあんまし出たことないけども、がんばっからね!」
馬場このみ
両手で握り拳を作るひなたちゃんに観客だけでなくレギュラー陣からも歓声が上がる。
矢吹可奈
「それじゃあ、ひなたちゃんの新コーナー、いきますよ。タイトルはこちら!」
木下ひなた
「木下ひなたの 目指せ!バイリンが~る!」
馬場このみ
すぐさまレギュラー陣からタイトルのダサさにツッコミが入り、スタジオに笑いが起きる。
矢吹可奈
「笑っちゃダメですよ~。ところで、ひなたちゃん、このタイトルって?」
木下ひなた
「うん、このコーナーはね、あたしが共通語をマスターするって企画なんだわ」
木下ひなた
「共通語も使えて、方言も話せるようになる。まさにバイリンガルっていうことなんだべさ!」
馬場このみ
会場に驚きの声が上がるのを聞いて、私はこっそりと安どのため息をつく。
馬場このみ
方言を使いつつ、ウソつきにならないように共通語が使えることをファンに伝えたい。
馬場このみ
ひなたちゃんのそんなわがままを叶えるために考え出した案がこの"バイリンが~る"だ。
馬場このみ
番組の企画として共通語を習い、マスターすれば、今後、共通語を出していっても違和感はない。
馬場このみ
もちろん両方使えるのだから、方言が必要な場面は方言を使うことができる。ただ……。
木下ひなた
「それじゃあ、第1回いくよぉ。VTRスタート、だべ!」
馬場このみ
ただ、このコーナーが終了するまではひなたちゃんは演技をし続けなければならない。
馬場このみ
上手に話すことができる共通語を下手に話すという演技を、だ。これは決して簡単なことではない。
馬場このみ
それでも、ひなたちゃんはこの案にすぐに賛同した。
馬場このみ
これで、ファンのみんなを喜ばせることができるならって。
矢吹可奈
「……あ、プロデューサーさ~ん、どうでしたか、私のコーナー!上手くやれたかな~♪」
馬場このみ
番組収録後の控室、可奈ちゃんとひなたちゃんが私に駆け寄ってくる。
馬場このみ
「律子ちゃんの下でアイドルやって随分と成長したわね。びっくりしちゃった」
馬場このみ
「そして、ひなたちゃんもお疲れ様。慣れない昼帯の番組で緊張したんじゃない?」
木下ひなた
「なんもなんも。これぐらいのこと、へっちゃらだべさ」
馬場このみ
そう言ってひなたちゃんは私にこっそりウインクした。
矢吹可奈
「あっ!そういや終わりのあいさつ回りしてない!行こ、ひなたちゃん」
馬場このみ
落ち着いた、それでいてうきうきとした足取りで2人が出ていくと、途端に控室が静かになる。
馬場このみ
私は隠しておいた準レギュラーのお祝いを取り出した。りんごとバターの香りがふわりと広がる。
馬場このみ
鼻腔をくすぐるその香りは、私の顔をほころばせた。きっと2人も喜んでくれるだろう。
馬場このみ
中身の見えないパイにとって味をイメージさせる香りはとても重要だ。
馬場このみ
イメージと味が重なると、口の中に幸せが訪れる。でも、忘れてはいけない。
矢吹可奈
「ただいま戻り……あーっ!それ差し入れですか!」
木下ひなた
「ふふ、いい匂いだねぇ!」
馬場このみ
匂いの期待に応えられる味。それがあるから食べた人を笑顔にできるのだ。
馬場このみ
アップルパイを切り分けて2人の前に並べる。いただきますの元気な声が控室にこだました。
馬場このみ
パイを口の中に運ぶと、ひなたちゃん達は目を見開いてお互いに顔を見合わせた。
馬場このみ
私は、そんなホンモノの幸せがあふれ出た2人の顔を見て、にっこりとほほ笑んだ。
(台詞数: 50)