木下ひなた
「おじいちゃん、おばあちゃん、聞いてくれてありがとねぇ~」
馬場このみ
ひなたちゃんは客席に深々と礼をすると、体いっぱいを使って客席に手を振った。
馬場このみ
それに呼応して拍手と歓声はまた大きくなる。
馬場このみ
拍手は鳴りやまない。ご老人達のどこにそんな体力があるのかと失礼なことを考えてしまうほどに。
馬場このみ
「は~い、木下ひなたちゃんのステージ、お楽しみいただけたでしょうか?」
馬場このみ
「休憩をはさんで、握手会となりますので、皆様そのままでお待ちくださ~い」
馬場このみ
予定になかったMCを入れて場を締め、ひなたちゃんをステージ裏へはけさせる。
木下ひなた
「ふわ~、プロデューサー、ありがとねぇ」
馬場このみ
「いいのよ、これも私の仕事だもの」
馬場このみ
「それに、久しぶりにマイクに触れてちょっと楽しかったわ」
木下ひなた
「したっけ、今度、一緒にステージに出てみるかい?律子さんみたいに」
馬場このみ
「じょ、冗談言わないでよ!」
馬場このみ
ひなたちゃんがいたずらっぽく笑う。
馬場このみ
ライブ映像を見た時は変わってないと思ったけど、ひなたちゃんもしっかり変わっているようだ。
馬場このみ
「っと、おしゃべりしている場合じゃなかったわ。はい、ドリンク。メイクも直すわよ」
木下ひなた
「えへへ。プロデューサーからメイクしてもらうのも久しぶりだわぁ」
馬場このみ
「どう?お姉さん直伝の大人っぽいメイクに変えてみる?」
木下ひなた
「んだことしたら、ここのお客さんにはビックリするんじゃないかい?」
馬場このみ
「そ、そう……かもしれないわ、ね」
木下ひなた
「そうだ!いつかあたしにも可奈ちゃんみたいな仕事が来たら、教えてくんないかなぁ」
馬場このみ
「もちろんよ!よし、出来た!」
馬場このみ
私が肩をポンと叩くと、ひなたちゃんは元気良くお礼をして立つ。
馬場このみ
ステージが取り払われたホールでは多くのご老人が椅子に座ってひなたちゃんの登場を待っていた。
木下ひなた
「そんじゃ、いってくるねぇ!」
馬場このみ
老人ホームがまた歓声と拍手で覆われる。
木下ひなた
「応援ありがとねぇ!」
馬場このみ
ひなたちゃんがひとりひとりに握手をして回る。
馬場このみ
他の会場ではちょっと考えられないこの形式は、ひなたちゃん提案らしい。
木下ひなた
「うん、あたしはいつだって元気だよぉ」
馬場このみ
「……元気、か」
馬場このみ
目の前でライブを見ても、直接ひなたちゃんと話しても、ひなたちゃんの悩みには気付けなかった。
木下ひなた
「そ、そうかい?あたしの方言が、かい?」
馬場このみ
さっきも鎌をかけてみたが、あの反応じゃどうなのかはわからない。
馬場このみ
もしかして、大人っぽくなりたいんじゃないかと思ったんだけど……。
木下ひなた
「また来っから、元気にしていて欲しいなぁ!」
馬場このみ
「……ためしに経験しないような仕事をチョイスしてみようかしら。確か……」
馬場このみ
ぺらぺらと手帳をめくる。確か、千鶴ちゃんの相方が必要だと小鳥ちゃんが言っていたのだ。
木下ひなた
「あたしのCDを買ってくれたんかい!ありがとうございます!」
馬場このみ
大丈夫。ちょっと無理があったとしても千鶴ちゃんなら間違いなくカバーしてくれる。
馬場このみ
私の勘が違ったなら、それはそれでいいのだ。ひなたちゃんの経験にもなるし。
木下ひなた
「握手してない人はいないよねぇ?大丈夫かい?」
木下ひなた
「今日は、あたしを呼んでくれてほんとありがとうございます!また来っから、みんな元気でねぇ」
馬場このみ
ひなたちゃんが正面で一礼すると、また大きな拍手がホールに響き渡る。
木下ひなた
「ありがとねぇ!ありがとねぇ!」
馬場このみ
拍手は続く。ひなたちゃんはそれに応じて手を振り続ける。
馬場このみ
「……お客さん思いなのも考えものね」
馬場このみ
私はまたマイクを持って、予定にないMCの準備を始めた。
(台詞数: 47)