秋雨とハーモニカ
BGM
オリジナル声になって
脚本家
nmcA
投稿日時
2016-10-16 22:34:23

脚本家コメント
今年の秋雨は台風に全部持っていかれて情緒も何もなかったですね

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矢吹可奈
「はぁ……止まないなぁ」
矢吹可奈
雨宿りしたお店の軒先からはひっきりなしに雨粒が垂れてくる。
矢吹可奈
私はシャッターにぴったりとくっついて誰も通らない道を眺めていた。
矢吹可奈
かなり時間が経ったように感じるけど、腕時計の針は数字一つ分しか進んでいない。
矢吹可奈
「折り畳み傘、ちゃんと入れてたはずなんだけどなぁ」
矢吹可奈
また一つため息が増えた。
矢吹可奈
「ううん、ダメダメ。こういう時こそ元気出そ!雨ぽつぽ〜つ♪傘はない〜♪濡れたくない〜♪」
矢吹可奈
ブーン...バシャッ!!「きゃあっ!」
矢吹可奈
「あ、危なかった〜。ギリギリセーフ〜♪でも〜♪足がひんやり〜♪」
矢吹可奈
カバンからハンカチを取り出して脚を拭く。幸いにも靴下までは濡れていなかった。
矢吹可奈
ハンカチをカバンに戻そうとすると、奥のほうで何か硬いものが指先に当たった。
矢吹可奈
「あ、返しそびれちゃってる……」
矢吹可奈
取り出したのはハーモニカ。銀色の磨かれた表面は街灯を反射し鈍く光っている。
矢吹可奈
ぷ〜♪
矢吹可奈
口に当てて息を吸うと気の抜けた音がする。
矢吹可奈
ぷ〜ぴ〜ぴぴ〜ぷ〜♪
矢吹可奈
でも、その音色が私の心を少し明るくしてくれた。
矢吹可奈
顔を上げる。雨はまだシトシトと降り続いている。
矢吹可奈
ブルッと身体が震えた。同じ雨の日なのに梅雨の雨とどうしてこんなに違うんだろう。
矢吹可奈
梅雨はもっとジメッとしてて、まるでカタツムリになった気持ちになる。
矢吹可奈
でも、秋の雨は空気がひんやりしていてまるで冷蔵庫にいるみたいだ。
矢吹可奈
「プリンにケーキにチョコレート〜♪ゼリーにヨーグルトにシュークリーム〜♪」ぷ〜ぷ〜ぴぴ〜♪
矢吹可奈
誰もいない路上でハーモニカ片手に歌っていると、ストリートミュージシャンになったみたいだ。
矢吹可奈
「えへへ、ジュリアさんもこんな感じで歌っているのかなぁ?」
矢吹可奈
ぷ~ぷぷぴ~♪
矢吹可奈
「でも……ジュリアさんだったらお客さんがいて、独りじゃないんだろうなぁ」
矢吹可奈
ぷひゅ……
矢吹可奈
ハーモニカをくわえたまましゃがみこんだ。誰にも踏まれることのない水たまりが目に映る。
矢吹可奈
ぷ〜ぴぴ〜ぷ〜……
矢吹可奈
ぴぴ〜ぷ〜ぷ〜……ぷひゅ
矢吹可奈
気付けば私は、ギュッと両腕を抱え込んで俯いていた。
矢吹可奈
『何やってるの、可奈?早く戻るわよ』
矢吹可奈
聞き覚えのある声がする。さっき電話した時に聞いた声。ゆっくりと顔を上げる。
矢吹可奈
『!?ちょっとどうしたの!!誰かに何かされたの?怪我はない?』
矢吹可奈
私は袖で顔を拭く。自然と笑みがこぼれる。
矢吹可奈
「えへへ、志保ちゃんが来てくれたから、もう大丈夫だよ!ジャノメでお迎え嬉しいな〜♪」
矢吹可奈
志保ちゃんは心配そうな顔でこちらを見ている。私はすっと立って、志保ちゃんの傘の中に入った。
矢吹可奈
「さ、帰ろ!」
矢吹可奈
私は志保ちゃんの手をギュッと握る。
矢吹可奈
「そうだ!返すの忘れててごめんね、ハーモニカ」
矢吹可奈
『別にいいわ。私はもう使わないし、弟も自分のを持っているから』
矢吹可奈
「じゃあ、もう少し借りてるね!」ぷ〜ぴぴ〜ぷぷ〜♪
矢吹可奈
『……傘を忘れて、寒い所にいたわりには随分とご機嫌ね』
矢吹可奈
「だって、志保ちゃんが迎えにきてくれたし、それに……」
矢吹可奈
……あっ、だから、秋の雨って……
矢吹可奈
『それに……なに?』
矢吹可奈
「それに、志保ちゃんの手がとっても暖かいから!」
矢吹可奈
私は握る手にギュッと力を込めて、ハーモニカを口につけた。
矢吹可奈
ぷ〜ぴぴ〜ぷ〜♪
矢吹可奈
気の抜ける音が道に響く。暖かい手が、私を離さないようにと握り返してくれている気がした。

(台詞数: 50)