sunset dance
BGM
プラリネ
脚本家
不明
投稿日時
2015-07-08 22:30:15

脚本家コメント
『夕暮れと踊るうさぎ』
可奈の素直さを書きたくて。夕焼け河川敷万能説!

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矢吹可奈
「どーうしって、おっなかは、へっるのっかなー…。」
矢吹可奈
いつもなら、意識せずとも口をつく即興フレーズの数々も。
矢吹可奈
こんな気分のときは、なかなか出てこないもので。
矢吹可奈
河川敷で膝を抱えることしばらく。ようやく紡ぎ出されたのが、こんな腹の虫とのハーモニーとは。
矢吹可奈
人間、落ち込んでいてもお腹は空く。抗えぬ哀しき生存本能。ああ、神様の意地悪。
矢吹可奈
「もしかして私…歌の才能、ないのかな…。」
矢吹可奈
今日のレッスン。ボイストレーナーさん曰く。『矢吹さん、真面目にやってるの!?』
矢吹可奈
心外だ。もちろん至って真面目に取り組んでいるつもり、なのに…。
矢吹可奈
「はぁあ…。」再び鳴り響く腹の虫とともに、大きな溜め息が宙を漂う。
ジュリア
「…ずいぶん器用な真似するなあ。レッスンの帰りか?」
矢吹可奈
背後から、良く知った声。…問いには答えず、のろのろと振り向く。
ジュリア
「嫌なことがありました!って、でっかく書いてあるぜ。…よっ、と。」
矢吹可奈
担いだギターケースを大事そうに降ろし、隣に華奢な身体が滑り込んできた。
ジュリア
赤い髪が揺れる。『にっ』と口の端を上げた、気さくな笑顔。「カナ。何があった?」
矢吹可奈
その笑顔の前に、私の黙秘権はあっさりと失効した。…この、お節介さんめ。
矢吹可奈
「ジュリアさん…私に歌の才能、あると思いますか…?」
ジュリア
「ある。」
ジュリア
予想外の即答ぶりに思考が止まる。「なんだよ、目ぇまんまるくして。あるに決まってんだろ。」
矢吹可奈
「だ、だって。自分が音痴なのは良くわかってるし…!」
矢吹可奈
「今日は、トレーナーさんにも真面目にやれ、って怒られたんですよ!?」
ジュリア
「まあ落ち着け。あたしが言ってんのは…。」
ジュリア
「歌に気持ちがこもってるかどうか、だ。」…ヒートアップした頭、処理が追いつかない。気持ち?
ジュリア
「あんたは感情をストレートに出してくる。今だって『合点がいかない』って顔してるしな。」
ジュリア
馬鹿にされてるのだろうか。「違う違う。真っ直ぐで純粋、ってこと。」…見透かされてるみたい。
ジュリア
「その感情が、歌にのったとき…あんたの歌は、大勢の心に届く。お世辞じゃなく、ね。」
ジュリア
「歌ってるとき、自分ではどう感じてる?いつも、何を思って歌ってる?」
矢吹可奈
感じてる、こと…。「…歌うのは。いつだって、楽しい…です。」偽らざる、本心だ。
ジュリア
「伝わってるよ、その気持ち。…カナの歌は、聴いてるほうまで元気になってくる。」
矢吹可奈
「…だったら、なんで。今日の私の歌は…。」
ジュリア
「さあ…な。腹が減って集中できなかったとか。宿題に追われて寝不足でした、とか。」
ジュリア
失敬な!人をなんだと。「ほらほら。わかりやすいな。」…悪戯っぽい笑顔。むぅ。
ジュリア
「歌詞に共感できなかった、とか。…どうだ?」
矢吹可奈
……ああ。
矢吹可奈
相思相愛の恋人。そこへ横槍を入れ、彼を自分に振り向かせよう。…そんな内容の歌だった。
矢吹可奈
うまく入り込めない。── 歌詞を読み込んだあとも、どうしても共感することができなかった。
ジュリア
そのことを話すと、わずかに頷き、「そうか。」と一言。少しの沈黙の後、
ジュリア
「前向きな歌が得意なのは知ってる。カナの気持ちが、真っ直ぐ歌にのるからな。」
ジュリア
「この世に数多ある、後ろ向きな…負の感情というべきか。」
ジュリア
「プロならば。そういう歌詞へも、気持ちをのせられるようにしていかないと…な。」
矢吹可奈
またぞろ、弱気の虫が騒ぎ出す。「うう…。私に、できますかね…?」
ジュリア
「できるさ。カナの目標は、チハなんだろ?」
矢吹可奈
…その名前を出されると弱い。私の寄る辺、偉大なる歌姫。
矢吹可奈
彼女を目標と定めたからには…歌の選り好みなど、自分に許すわけにはいかない。
ジュリア
「ははっ。良い顔になったな。…クールだぜ、カナ。」そう言うと、荷物を手に立ち上がる。
ジュリア
「今度、ロック歌う気になったらいつでも言ってくれ。あたしが伴奏するぜ。」
矢吹可奈
ロックか…。反骨精神。情念。…うん、参考になるかも。
矢吹可奈
慌てて立ち上がり、去りゆく後ろ姿に頭を下げる。「ジュリアさん…ありがとうございましたっ!」
矢吹可奈
彼女は振り向かず、小さく挙げた左手をひらひらさせて応えた。
矢吹可奈
その動きに合わせて、ギターケースに付けられた、可愛らしいキーホルダーが揺れる。
矢吹可奈
×印の口をした桃色の兎が、ひょこひょこと。おどけたダンスが、夕陽の向こうへ遠ざかっていく。

(台詞数: 50)